四十話 作戦実行
ホフスタッターの中を歩くことしばらく――
「お、サヤくんだ! また来たんだね!」
サヤたちの後ろから、そんな声が聞こえてきた。
「む、レナか。久しぶりだな」
振り返り、挨拶を返すサヤ。
「いやぁ〜、覚えててくれてて嬉しいよ!」
言葉の通り、本当に嬉しそうな表情で手を振りながら近づいてくる、冒険者レナ。
一度ギルドで手合わせをしたのだ、戦闘狂のサヤが忘れるはずもない。
【久しぶりじゃな】
「元気そうで何よりです」
「シグレさんにアリサちゃんも久しぶりだね! その猫ちゃんはペットかな?」
シグレとアリサに挨拶を返しつつ、その視線をダークへと向けるレナ。
そんな彼女に、ダークは『にゃ〜ん』と鳴いて返す。
(なるほど、ここは街中だ。猫のフリをしているわけか)
ダークが言葉を発しなかったことで、それを察するサヤ。
そのままレナの質問に肯定するように頷いて見せる。
「ところで……レナ、少し聞きたいことがあるのだが」
「ん? どうしたの、サヤくん?」
「前回来た時よりも、街中に騎士の数が少なく見えるのだが、何かあったのか?」
「へぇ……なかなかの観察力だね」
サヤの質問に、感心したような表情を浮かべるレナ。
彼の言うとおり、前回この都市に訪れた時よりも街中を巡回する騎士の数が減っていた。
その数はサヤの体感で半数といったところであった。
「実はね、今伯爵は他の領地へ出かけているんだ。確か公爵様の孫が生まれたとかで、そのお祝いに出かけてるって噂だよ」
「……ほう」
レナの言葉を聞き、サヤの銀の瞳が細められる。
(や、やっぱサヤくん、カッコイイよね……)
真剣味を帯びたサヤの表情を見て、思わず乙女チックな思考をしてしまうレナ。
そんな彼女に適当に「またな」と一言残すと、サヤは皆を連れて歩き出す。
レナは「あっ……」と名残惜しそうに声を漏らすのだが、そういうことには奥手なのか、呼び止めることはできなかった。
「好機だな、シグレ」
【ああ、その通りじゃな……サヤよ】
宿屋へと向かいながら、短くやり取りを交わすサヤとシグレ。
アリサとダークも、静かに頷くのであった。
◆
夜明け前――
「よし、それでは行動に移す。頼んだぞ、ダーク」
『ああ、妾に任せてくれ、きっと手柄を持ち帰ってみせよう』
裏通りで、サヤとそんなやり取りを交わすと、ダークは伯爵の屋敷へと向かって駆けていく。
「ダークちゃん、大丈夫でしょうか」
【心配するな、ああ見えてSランクモンスターじゃ。いざとなればどうとでもなるじゃろう】
心配そうにダークを見送るアリサに、シグレはそんな風に返す。
◆
伯爵屋敷前にて――
『ふむ、この角度なら警備の騎士に気づかれることもないであろう』
小さく呟くと、ダークは屋敷の塀の上へと軽々と跳躍する。
ただの猫に見えてもさすがはSランクモンスター、大した跳躍力だ。
塀の上から、警備に見つからないように着地するダーク。
今の季節は初夏。伯爵の屋敷といえども、風を入れるためにいくつか窓が開いている部屋がある。
人の気配が感じられない窓に向かって、静かに、しかし素早く移動する。
(よし、侵入は成功だな。このまま二階へと見つからずに移動だ)
優れた聴覚で、住人に見つからないルートを弾き出し、屋敷の中を移動するダーク。
あっという間に、伯爵の部屋と見られる、二階の一番大きな部屋の前へとたどり着く。
『《フレイムエッジ》、発動――』
静かに、ダークは己の持つスキルの名を口にする。
すると、そのしなやかな尻尾の先が、真紅の剣のような形状へと変化したではないか。
剣と化した尻尾を巧みに操作し、扉の鍵部分に当てると、みるみるうちに溶け出し鍵はその意味を為さなくなってしまう。
住人や警備に気付かれていないことを確認すると、ダークは静かに、前足で扉を押し開ける。
『くくく……恐らくコレであろうな』
愉快そうに笑いながら、ダークはとある物体を見上げる――。