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三十六話 Sランクモンスター

 数日後――


『おかえりなさいませ、サヤ様!』


 エルフの里へと戻ってきたサヤたちを、ミノを始めとした面々が迎える。


「ミノ、我が不在の間、何か問題は起きなかったか?」


『ええ、襲撃どころかモンスター一匹すら現れませんでしたぜ!』


「そうか」


 ミノの答えに頷くサヤ。


 シグレとアリサを連れ、里の中心部へと移動する。

 そしてゴブイチたちに里の皆を集めるように指示を出す。


 ◆


「なるほど、やはり人間の貴族……それも伯爵ともなれば暗殺は難しいということですね……」


 伯爵領で集めた情報を皆に共有したところで、マリナが渋い顔で言葉を漏らす。


「ああ。他のモンスターたちを連れ襲撃すれば、伯爵を殺すことは可能かもしれんが……」


【そんなことをすれば里が危険にさらされる。あくまで伯爵を殺るなら暗殺じゃ】


 サヤの言葉を補足するシグレ。


 伯爵を暗殺ではなく別の方法で失脚させるという方法もあるが、小さな里のエルフたちと、モンスターたちだけではそれも不可能だ。

 都市の人間の協力を得ようにも、皆伯爵を恐れているからそれも難しいだろう。


「マリナ、我はしばらく迷宮に潜る」


「あら、迷宮にですか、旦那さま?」


「ああ、結界が解かれ、さらに奥へと進めるようになったらしいからな。せっかくだ、さらに自身を鍛えようと思う」


 そう言って、体をスケルトンの状態に変身させながら、徐に立ち上がるサヤ。


 今できることがないならば仕方ない。

 ならば迷宮を攻略することで自身を鍛え、来るべき時に備えようと、サヤは考えたのだ。


「サヤ様! わたしもついていきます!」


『ブモ! もちろん俺もついていきますぜ!』


 名乗りを上げるアリサとミノ。


 もともとミノは連れていくつもりだったが、アリサはどうするか……。

 そんな風に考え込むサヤだったが、結局アリサの勢いに押し切られる形となる。


(まぁ、いいだろう。アリサももっと強くなるべきかもしれんしな)


 自身の刀術を教え込んだ唯一の弟子、アリサ。

 そんな彼女が強くなる事を望むのは、剣の師として当然なのかもしれない。

 シグレと出会った時は右も左もわからなかったサヤが、随分と成長したものである。


 ◆


「ふむ、本当に結界が消えているな」


 迷宮に入ってしばらく、見えない結界が存在していた階層へと辿り着いたサヤたち。

 ゴブリンたちの報告どおり、結界は消滅しており、次なる階層へと進むことが可能となっていた。


【サヤよ、注意するのじゃ。この先は今までとは比較にならないほど強力なモンスターが潜んでいるやもしれん!】


「ああ、気を引き締めていくとしよう」


 シグレの言葉に、サヤは静かに頷いてみせる。


「うぅ……緊張しますね……」


『久しぶりに武者震いしてくるぜ……ッ!』


 アリサは鞘に入った刀を胸に抱きながら、ミノは大盾とバトルアックスを手に、違った意味で体を震わせる。


「よし、いくぞ」


 そう言って、妖刀形態となったシグレを手に、サヤは戦闘を歩き出す。


 ◆


 数十分後――


「なんだ、モンスターが全くいないではないか……」


 いくつかの階層を越えてきたところで、サヤがガッカリといった様子で呟く。

 そう……結界のあった階層以降、モンスターどころか虫一匹すら出てこないのだ。


【いったいどういうことじゃ? 迷宮内でモンスターのいない階層など、通常でありえんのじゃが……】


 シグレもサヤの手の中で、不思議そうに声を漏らす。


 そんな中、アリサは一人だけ顔を蒼白く染めていた。

 そしてその額には大粒の冷や汗がいくつも浮かんでいる。


「どうした、アリサ?」


「サヤ様……実は先ほどから背筋か凍るような感覚が……」


 アリサの異変に気付いたサヤが問いかけると、そんな答えが返ってきた。


 自然の中で生きるエルフの勘は、他の生物よりも鋭いとされている。

 この異常な迷宮の存在――或いはこの先にある〝何か〟に、エルフの勘が警鐘を鳴らしているのかもしれない。


「ふむ……では戻るか、アリサよ?」


「……ありがとうございます、サヤ様。でも、このまま一緒に行かせてください」


 サヤの気遣いに感謝しつつも、アリサは一緒に進むことを選ぶ。


 もっと強くなりたいという彼女自身の願いでもあり、どんな敵が現れてもサヤが守ってくれるという信頼の現れである。


『ブモっ! あの戦い以来、ずいぶんと肝が据わったな、アリサ!』


「ふふっ、ありがとうございます、ミノさん」


 ミノの褒め言葉に、アリサは小さく笑って応えるのだった。

 そんな二人のやり取りを見て満足げに頷くと、サヤは静かに歩き出す


 さらに数十分後――


「ぐ……ッ、なんだ……このプレッシャーは……ッ!?」


 呻くように声を漏らすサヤ。


 視線の先には、巨大な扉が……。

 その向こう側から、大気を凍てつかせるような圧倒的なプレッシャーが伝わってくるのだ。


『ブモ! コイツァ……とんでもねぇのが潜んでやがるぞ……ッ!』


「こ、怖い……ッ」


 ミノは目を見開き、アリサは体をガタガタと震わせ、声を漏らす。


【サヤよ、この先は危険じゃ! このプレッシャー……Aランク以上のモンスターが潜んでいるやもしれん……!】


 扉の前で立ち尽くすサヤに、シグレが警告の声を上げる。


「Aランクモンスター……たしか、二番目に危険なクラスのモンスターだと言っていたな」


 シグレの言葉に、静かに呟くサヤ。

 彼の言葉は続く。


「シグレ、本当にそんなに危険なモンスターが潜んでいるのか……?」


【……? どういうことじゃ、サヤ?】


「なんというか、邪悪な気配を感じないというか……うまく言葉にできないのだが……。まぁ、確かめるのが一番か」


 そう言って、サヤは扉の方へと歩き出してしまう。


『ブモ!? サヤ様!』


「お待ちください!」


 慌てて止めようとするミノとアリサ。

 しかし、サヤは「お前たちは待っていろ」とだけ言い残し、巨大な扉を押し開けてしまう。


【まったく、仕方のないやつじゃ……】


 呆れたような声を漏らすシグレ。

 主人であるサヤが行くといった以上、彼女もまた決心を固める。


 扉が開く。


 そしてサヤの視線(瞳はないが)の先には――


「ベ、〝ベヒーモス〟じゃと……ッッ!?」


 ――驚愕に染まった声を上げるシグレ。


 仄暗い空間が広がる中で〝ソレ〟は静かにこちらを見つめていた。


 五メートルはあろう漆黒の巨体、背中にはドラゴンのような漆黒の翼が、獅子を思わせる頭の上には二本の悪魔のようなツノが生えている。


 そのモンスターの種族名は〝ベヒーモス〟――


 Sランクとして君臨し、魔王にも匹敵するとされる最強モンスターの一角だ。


『スケルトン……それに刀が喋っている……だと?』


 巨大な顎門の中から、Sランクモンスター……ベヒーモスが言葉を紡ぐ。


「我の名はサヤ。ベヒーモスよ、どうしてお前は〝鎖に繋がれて〟いるのだ?」


 ゆっくりとベヒーモスへと近づきながら、サヤが問いかける。


 そう……サヤの言うとおり、ベヒーモスは不思議な輝きを放つ金の鎖に繋がれていたのだ。


【何をしておるのじゃ、サヤ! 危険だ、引き返すのじゃ!】


 慌てて声を上げるシグレ。


 いくら捕らわれていようとも、相手はSランクモンスターだ。

 近づけば一瞬で滅ぼされかねない。


 サヤのあとを追ってきたミノとアリサは、後ろの方で二人揃ってガクガクと震えている。


 しかし、サヤはベヒーモスに近づくのをやめない。

 そしてあろうことか、ベヒーモスの前足を撫でるように手を触れてしまう。


『ほう、(わらわ)を恐れないとは……。サヤと言ったな?』


「ああ、それで……どうしてお前は捕らわれている?」


 ベヒーモス――妾という一人称から察するにメスなのだろうか――の問いかけに、さらに質問を重ねるサヤ。


『そうだな……簡単に言えば、邪悪な者との戦いに敗れ、封印されたからだ』


「邪悪な者? 魔王みたいなものか?」


『ああ、そんなようなものだ』


 ずいぶんと軽い感じでやり取りを交わすサヤとベヒーモス。

 いったい何が起きているのか、シグレたちは理解できないでいた。


「ベヒーモスよ、封印を解いてやるから我の配下になる気はないか?」


 突然、サヤはそんなことを言い出した。


 シグレたちは「「「は……ッッ!?」」」と素っ頓狂な声を上げる。


 そんな三人を無視して、ベヒーモスとサヤは会話を続ける。


『む? スケルトンのお前にそんなことができるのか? この封印は妾の力を以ってしても解除できなんだぞ?』


「できる。それで、我の配下になる気はあるか?」


『スケルトンの配下か……面白い。ここから出られるなら配下にでも何にでもなってやろうではないか!』


「決まりだな」


 そう言って、サヤは徐にシグレを振り上げる。


【ちょっ! 待つのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!】


 何を気軽にSランクモンスターの封印を解こうとしているんだ!


 そんな思いでシグレは絶叫するのだが、叫びは虚しく鎖とシグレの刀身は衝突し、鎖は粉々に砕け散った。


『ど、どうするんだこれ!?』


「あわわわわわわ!」


 ベヒーモスが襲ってくるのではと、装備を構えるミノ。

 恐怖のあまり目をグルグルと回すアリサ。


 だが、それは杞憂に終わった。


 ベヒーモスは封印が解けたことを確かめるかのように、まるで猫を思わせる姿勢で伸びをする。


『ほう、まさか本当に封印を解いてしまうとはな。感謝するぞ、サヤ……いや、サヤ殿!』


「うむ、これからよろしく頼むぞ、ベヒーモス」


 ベヒーモスの感謝の言葉に、サヤは静かに頷くのだった――

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