三十四話 冒険者の少女と模擬戦
後ろを振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
短髪の、少し背が高めの少女だ。
腰には一振りの長剣を装備している。
「誰だ、お前は……?」
「私の名前は〝レナ〟っていうの。冒険者でBランクよ」
サヤが問いかけると、そんな答えが返ってきた。
少女――レナの表情は楽しげで、その瞳は好戦的な色が窺える。
「いいだろう、戦うとしよう」
「え……? いいの? 戦いたい理由も言ってないのに?」
サヤの答えに、レナはビックリした表情を浮かべる。
バトルジャンキーなサヤに、シグレとアリサは呆れた顔だ。
「ああ、冒険者と戦うのは初めてだからな。手合わせしてもらう」
「あははは! お兄さん、相当戦いが好きなんだね! よし、それじゃあ裏庭に移動しよう」
楽しげに笑うと、レナは「こっちだよ!」と言って、ギルドの奥へと歩いていく。
それについて行くサヤたち一行。
そんな彼らを、ギルドの受付嬢が「え、ちょ……っ」と、慌てて追いかけていくのであった。
◆
「へぇ、お兄さんも剣を使うんだ?」
「ああ、正確には刀だな」
「それじゃあ、木剣で勝負しようか!」
ギルドの裏庭で、サヤとそんなやり取りを交わしながら、レナが壁に立てかけてあった木剣を指差す。
(む、木でできた剣を使うのか……初めてだが面白そうだ)
そんなことを考えながら、木剣を握るサヤ。
刀とは扱いが異なるが……模擬戦程度であれば問題ないだろう。
「はぁ……レナさんったら……」
サヤとレナを離れたところから見つめながら、受付嬢がため息を吐く。
【なんじゃ、あの娘はいつもあんな感じなのか?】
「ええ、強そうな新人さんを見つけると、すぐに勝負を挑むのです」
「うわぁ、サヤ様並みの戦闘マニアですね」
シグレ、受付嬢、アリサがそんなやり取りを交したところで、サヤとレナの準備が終わったようだ。
二人とも木剣を構える。
どうやら攻撃を相手の体に当てたら勝ち。攻撃スキル以外のスキルの使用は可。とルールを決めたようだ。
「さぁ、どこからでもかかってきなよ」
「む、我から攻めていいのか? では……¬ッ」
サヤがその場から飛び出した。
凄まじいスピードだ。
一気にレナとの距離を詰め、右手に持った木剣で刺突を繰り出す。
「……っ!」
短く息を吐き、サイドステップで刺突を躱すレナ。
その瞳は驚愕に見開かれている。
まさかサヤがここまで速く動けるとは思ってなかったようだ。
「ほう、躱したか」
そう言いながら手首を回し、剣筋を曲げるサヤ。
刺突の勢いを活かした横攻撃が、レナに襲いかかる。
「うわっ! そんな攻撃も!?」
速さだけでなく技術まで……!
レナは思わず声を漏らしてしまう。
だが、さすがはBランク冒険者だ。
今度は木剣を縦に振り払い、サヤの攻撃を捌いてみせる。
「これは本気を出さなきゃだね! いくよ……《身体強化》だ!」
スキルの名を叫ぶとともに、サヤに向かって飛び出したレナ。
そのスピードは先ほどよりも速い。
スキル《身体強化》は、その名の通り自身の身体能力を向上させることができる。
スピードが上がり、力を増したレナの攻撃が、上下左右からサヤに襲いかかる。
そんな攻撃を、ステップと木剣による防御で冷静に捌くサヤ。
「まさか防御の技術も一流とはね……!」
楽しそうに目を見開き、攻撃を繰り出しながら叫ぶレナ。
その興奮した表情は、サヤと同じく戦闘狂の証だろう。
しかし、同じ戦闘狂でも、サヤとは違うタイプのようだ。
レナは戦闘が楽しくなればなるほど興奮を露わにするタイプなのに対し、サヤは戦闘に興奮を感じるほど冷静になるタイプだからだ。
(ここだ……!)
冷静な判断力によって、レナの攻撃パターンを僅かな間でサヤは見抜いた。
そしてレナの振り下ろしに対し、木剣の腹に攻撃を叩き込むことで攻撃を弾いてみせる。
「く……ッ!?」
自慢の連続攻撃を弾かれたことで、レナが呻き声を漏らしながらバックステップで距離を取る。
そしてレナが着地する、その刹那だった――
「《エンチャントウィンド》……ッ!」
――スキルの名を呟くとともに、サヤの姿が掻き消えた。
そしてレナの首筋に、木剣がトン……ッと、静かに当たる。
「まさか、君も強化系のスキルを持っていたなんてね……完敗だよ」
諸手を上げながら、後ろを振り返るレナ。
ちょうどそのタイミングで、サヤは体に纏っていた風を解除した。
「す、すごい……レナさんに勝っちゃうなんて……」
受付嬢が、信じられないものを見たかのような目でサヤを見つめる。
【ふふん! さすがワシのサヤなのじゃ!】
「素敵です! ご主人様!」
受付嬢の横で、シグレとアリサは興奮した声を上げる。
(ふむ、やはり人間との戦いは面白い。単純な攻撃やスキルだけでなく、身に付けた純粋な技術を学ぶことができる)
称賛の言葉を受けても、サヤはブレない。
今の戦いで気になった動きなどを、レナにアレコレ質問し始めるのであった――