三十三話 冒険者ギルド
「ここが人間の住まう都市か……」
「す、すごい……里の風景とは全然違います!」
都市ホフスタッター――
そこは都市全体が外壁に囲まれていた。
そして中に入ったところで、サヤとアリサが感嘆の声を漏らす。
舗装された石畳の道、商店の連なる通りに、行き交う人の数……。
森に囲まれたエルフの里とは比べものにならないくらい人々で賑わっている。
「それじゃあ、私は向かうところがあるからそろそろ失礼するにゃん!」
「ヴァルカンさん、ここまで送っていただきありがとうございます! それに色々な情報まで……」
「気にすることないにゃん。それじゃあ、情報収集がうまくいくように祈ってるにゃん!」
そう言って、ヴァルカンは馬車とともにその場から去っていった。商売のために次の目的地に移動するそうだ。
【さて、それじゃあワシたちも移動するかの】
「そうですね、シグレ様。まずは伯爵の屋敷の偵察……と行きたいところですが、ひとまずヴァルカンさんに教えてもらった〝冒険者ギルド〟に向かいましょう!」
「ああ」
歩き出すシグレ、それに応えながらアリサとサヤも歩き出す。
今、アリサが口にした冒険者ギルドという単語だが……。
そこは冒険者たちの集まる場所だ。
冒険者になるにはギルドで登録をし、そこで初めてモンスター討伐のクエストなどを受注できるようになる。
この都市に向かう途中で、サヤたちは、ヴァルカンに冒険者登録をするといいとアドバイスを受けた。
冒険者に登録しておけば、都市の出入りが無料になる他、登録することで手に入る〝冒険者タグ〟を持っていれば、それが身分証になるとのことだ。
さらに、冒険者の間では色々な情報のやり取りが交わされる。その情報の中に、伯爵に関する黒い噂もあるのでは……? と、サヤたちは考えたのだ。
「あ、ここが冒険者ギルドですね!」
とある木造の建物の前に来て、アリサが声を上げる。
二階建てのなかなかに大きな建物だ。そして剣と盾の描かれた看板が目立っている。
「よし、入るか」
重厚なドアを開け、サヤが中に足を踏み入れる。すると一気に喧騒に包まれた。
受付のようなカウンター、何やら羊皮紙が張り出された掲示板、そして奥は酒場になっているようで、冒険者と思しき者たちがジョッキを片手に笑い声を上げている。
「おい、見ろよ……」
「ああ、すげー美人だ。黒髪の女にエルフ……たまんねーぜ!」
何人かの冒険者が、シグレとアリサを眺めながらそんなやり取りを交わす。
中には女性冒険者もおり、ぽーっとした様子でエルフ姿のサヤを黙って見つめている。
【むぅ……サヤ以外の男の視線は不快なのじゃ】
「わたしもです。メイド服なんて着てこなければよかったです……」
男どもの視線に晒され、シグレははだけた着物を正し、アリサも自分の手で大きく開いた胸元を隠す動作をする。
「確か、ヴァルカンはカウンターで登録を済ませろと言っていたが……」
【サヤ、カウンターはアレのことじゃ。さっさと済ませてここから出るのじゃ】
サヤがキョロキョロと周りを見渡していると、シグレが受付を指差し、サヤの手を引いて進んでいく。
それを見たアリサが「あ! ずるいですよ、シグレ様!」とサヤの反対の腕に自分の腕を絡ませて一緒に歩きだす。
それを見ていた冒険者たちは……。
「けっ! なんだ、あの男と出来てんのかよ!」
「まぁ、あのエルフめちゃくちゃイケメンだしなぁ……」
などと嫉妬の声を漏らす。
サヤを見つめていた女性冒険者たちもガッカリした表情を見せるが、中には「ワンチャン混ぜてもらえないかなぁ……」などと、呟く者もいるが……それはさておく。
「冒険者登録を頼む」
「冒険者ギルドへようこそ! 登録は三人でよろしいでしょうか?」
サヤがカウンターにいる受付嬢に声をかけると、嬢は元気に返してきた。
栗色の髪をショートボブにした愛想の良い娘だ。歳はアリサと同じくらいだろうか。
サヤを見た瞬間、頬を赤らめたような気もするが……無論、サヤはそんなことには気づかない。
「ああ、三人で頼む」
「かしこまりました。それではこちらに必要事項をご記入ください!」
そう言って、嬢は羊皮紙を三枚差し出してくる。どうやら名前や使う武器、得意なことなどを書く必要があるようだ。
三人はそれぞれ羊皮紙に必要事項を書き込んでいく。
サヤも文字については読み書きできる。普段から自分のステータスを読んでいるので当然である。
シグレを手にしたことによって得た能力だが……どういった仕組みなのかは、シグレ自身記憶喪失なので不明なままではあるが……。
「ありがとうございます。それでは早速登録をしますので、少々お待ちくだ……さい!?」
羊皮紙への記入が終わると、受付嬢は奥へと引っ込んでいこうとするのだが……その途中で声が驚愕に染まる。そしてそのまま、羊皮紙の一枚……サヤの書き込んだものに見入っている。
「えっと……サヤさん、ここに書いてあることは本当なのでしょうか……?」
「ああ、すべて事実だ」
「……使用武器は刀、珍しいですがここまではいいでしょう。ですが討伐経験のあるモンスター……ミノタウロス、サーペントドラゴン、それにゴーレム……これが本当であれば、あなたはBランク、いえ……もしかしたらAランクに匹敵する実力の持ち主ということになります……!」
羊皮紙に記された事項を読みながら、受付嬢が少々興奮した声を上げる。
それを聞いていた冒険者たちが……。
「マ、マジかよ……!」
「今言ってたのが本当なら、今のうちに声かけといた方がいいんじゃ……」
……などと、ヒソヒソとやり取りを交わし始めた。
そんな時であった――
「へぇ、面白い話を聞いたわ。ねぇお兄さん、私と戦ってみない?」
――サヤの耳に、そんな声が聞こえてくるのだった。