二十九話 訪れる絶望
『ブモッ! 次ぃ!』
押し寄せる傭兵たちを、ミノが次々と薙ぎ倒してゆく。
だが、その勢いは戦闘開始直後よりも衰えてきている。
相手は人間とはいえ数がいれば疲労が蓄積してきてしまっているのだ。
『グギャッ! 待ちやがれ!』
そしてとうとう、ミノとゴブリンたちの攻撃を掻い潜り、敵の一人が里の中に侵入してしまう。
「させません! 《円月閃》――ッ!」
敵の一人が里の中へと走り抜け用とした瞬間だった。
凛とした声とともに空を切る音が鳴り響いた。
それと同時に、敵の腹部に閃光が走り抜ける。
そして次の瞬間、敵の腹からドパッ! と鮮血が迸った。
アリサだ。
後方で控えていたアリサが、サヤに教わった刀術、そしてスキルを駆使して敵の腹部を切り裂いたのだ。
「馬鹿……な……!?」
腹部を抑え、敵がその場に崩れ落ちる。
「や、やった……わたし、敵を倒しました……!」
初めて敵を倒した事実に、アリサが思わず声を漏らす。
『ブモッ! やるじゃねーか、アリサ!』
『グギャッ! サヤ様に稽古をつけてもらっただけのことはある!』
初めての戦闘だというのに、見事に敵を切り伏せたアリサを見て、ミノとゴブジが称賛の声を上げる。
自分たちも負けていられるか!
アリサの活躍を見て、ミノとゴブリンたちはさらに闘志を燃やす。
「ちっ……近接戦ができるエルフまでいたか。……お前たち! 道を開けろ、俺がやる……!」
物量で押し切れると踏んでいたが、このままでは被害が想定を超えてしまう。
そう判断したガリスが、配下たちに指示を出す。
自ら最前線に出てミノを片付ける算段のようだ。
前に連なっていた配下たちがガリスを前線に出すべく道を開ける。
その直後だった――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ば、馬鹿な! サーペントドラゴンだと!?」
――後方からそんな声が響き渡った。
『キシャ! 待たせたな、ミノ! ゴブリンたちよ!』
『グギャ! 応援を連れてきたぞ!』
敵の最後方……。
そこにペドラとゴブイチを始めとするゴブリンたちが現れた。
ペドラが自分の尻尾を巧みに操り、次々と傭兵たちを薙ぎ飛ばしていく。
「くそっ……ここにきてサーペントドラゴンだと!? いったいどうなってやがる……!」
最前線に出ようとしたところで、突如として現れたサーペントドラゴンを見て、ガリスは思わず悪態を吐く。
だが、すぐ様陣形を元に戻すように配下たちに指示を出す。ミノタウロスであればまだしも、サーペントドラゴンを相手にできるのは自分しかいない。
そう判断して、今度は後方の配下たちに道を開けるように叫び声を上げる。
その間にも、ペドラはテールアタックで傭兵どもを薙ぎ飛ばし、動けなくなった敵にゴブイチたちが剣や槍でトドメを刺していく。
木々に囲まれた狭い道で、前方はミノタウロスとゴブリン、そして刀を使うエルフ。
後方には突如として現れたサーペントドラゴンとゴブリン……これで挟み撃ちが完成した。
「お頭が通る! 道を開けろ!」
ガリスが通る道を開けるため、後方部隊が割れていく。
その中を猛スピードで駆けていくガリス。
仲間がサーペントドラゴン――ペドラになぎ倒されたと同時に、最後方へと辿り着いた。
「サーペントドラゴン……戦うのは初めてだが、いくぞッ!」
『キシャッ! わざわざ道を開けて出てきたということはコイツが頭か、叩き潰してくれる!』
ガリスが腰から小太刀を二本抜き構える。隙のない構えだ。
対し、ペドラは尻尾を薙ぎ払いテールアタックを繰り出す。
本来であれば《サンドブレス》を使って一気に片付けたいところであるが、前方ではミノたちが戦っている。
万一攻撃が当たってしまっては大事なので今回は力を制限せざるをえないのだ。
「途轍もない威力だ。だが単純だ……!」
『キシャッ!? 私に傷を……!』
ペドラのテールアタックを紙一重で躱すガリス。
尻尾が通り過ぎるのと同時に、鱗と鱗に間に小太刀による斬撃を与える。
小太刀の捌き方、そして動きに無駄がない。
さすがは大規模な傭兵団の頭といったところだろうか。
『ならばこれでどうだ!』
単純な攻撃では見切られてしまう。
そう判断したペドラは、今度は尻尾を乱れ打ちで繰り出す。
払い、突き、叩き潰し……あらゆる攻撃がガリスに襲いかかるが――
「そんな大振りな攻撃に当たるか……!」
――ガリスの動体視力、そして身体能力はその上をいくようだ。
ペドラの渾身の攻撃を全てステップやジャンプなどで躱してしまう。
そして先ほどと同じように、ペドラの尻尾に動きに合わせて鱗と鱗の間に斬撃を見舞う。
『馬鹿な……! 私の攻撃が当たらない……サヤ様以外にこんなことができる者がいようとは……!?』
連続で攻撃を与えられ、尻尾からおびただしい血を流しながら、ペドラが怯んだ様子を見せる。
(ここだ……!)
そして、その隙を見逃すガリスではなかった。
ペドラの動きが鈍ったと見るや、とんでもない速度で跳躍した。
そしてそのまま右手の小太刀を逆手に握り、ペドラの片目に向かって、落下の速度を活かして振り下ろした。
『キシャァァァァ――――ッッッ!?』
片目を潰された激痛に、ペドラは思わず叫び声を上げた。
初めて味わう、燃えるような痛みに、その場でのたうち回る。
「今だ! 野郎ども〝ポーション〟を使えッ!」
着地するとともに、ガリスが配下たちに指示を飛ばす。
配下の傭兵たちが、体に装備したホルダーから小瓶を取り出しそれぞれ一気に呷る。
するとどうだろうか、負っていた傷がキレイに閉じていくではないか。
倒れ、呻き声を上げていた者たちも次々と起き上がる。
『ブモ! どうなってやがる、倒した敵が次々に……!』
『グギャッ! マズイぞ、ミノ! ペドラがやられた上に俺たちの体力も……』
「そんな……せっかくここまできたのに……」
ミノ、ゴブジ、そしてアリサが絶望した声を漏らす。
何とかここまで敵を倒してきた。
だというのに、その敵たちが次々と回復して再び武器を手にこちらに、下卑た笑みを浮かべて立ち上がったのだから……。
回復魔法薬〝ポーション〟――
生きていさえすれば、欠損を除くあらゆる傷を瞬時に回復させることができるマジックアイテムだ。
敵は何人か殺すことには成功していたが、あとは次々と押し寄せる数の暴力のせいでトドメを刺すに至っていなかった。
人里離れた場所で暮らすアリサ、そして迷宮で暮らしてきたミノたちに、敵がポーションを使ってくるだろうなどという発想はなかったのだ。
「モンスターどもの体力は限界だ、一気に畳み掛けろッ!」
ガリスが回復した配下たちに、再び指示を飛ばす。
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!」」」
前方、そして後方へと一気に配下の傭兵たちが駆け出す。
激痛でのたうち回っていたペドラに傭兵どもが殺到し、次々と攻撃を喰らわしていく。
もはやサーペントドラゴンは驚異ではない……。
そう判断したガリスは、今度は里の方へ向かって駆け出した。
(ククク……! まずはミノタウロスを血祭りに上げて、そのあとに……あのエルフを犯してやるとしよう!)
駆けながら、ガリスはエルフの少女――アリサを見つめ、下卑た笑みを浮かべるのだった。