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二十八話 配下の意地

「は、初めての実戦……緊張します……」

「大丈夫よ、アリサ。すぐにサヤ様が駆けつけてくれるわ」


 里の南側で、アリサとマリナがそんなやり取りを交わす。

 サヤの指示で弓を使うエルフ以外は里の中心に避難しろと言われていたが、アリサは前線に出ることを決意した。

 とはいえ、いざ戦いに臨むとなると体が勝手に震えだしてしまう。


『グギャ! 安心しろ。サヤ様はお前たちを守ると約束した。誰一人死ぬことはない』


 不安げな表情を浮かべるエルフたちに向かって、ゴブジが剣を手に声をかける。


「そうよね、サヤ様やモンスターのみんながいれば大丈夫よ!」

「この間みたいにやられるものですか!」

「夫の仇を討つわ!」


 ゴブジの励ましを聞き、エルフたちが自分を奮い立たせるように頷き合う。


 相手はこの前現れた野党の仲間に違いない。

 であれば夫や兄弟、家族の仇である。

 これは自分たちの身を守るための戦いであると同時に、弔いの戦いでもあるのだ。


『ブモッ! 来やがったな……!』


 遠くを指差し、ミノが声を上げる。


 ミノタウロスは視力が優れたモンスターだ。

 その視力で、遠くからこちらに迫ってくる敵影を確認したのだ。


 森から里へは生い茂る木々により道が狭い。

 盾を持った者たちを先頭に、数十もの武装した男どもが連なっている。

 そして、どうやら敵もミノたちの存在に気づいたようだ。

 雄叫びを上げ、近付く速度を早めてくる。


『グギャ! 訓練通りやるぞ! 第一陣、矢を放て!』


 ゴブゴがエルフたちに指示を出す。

 それに応え、六人一組となったエルフたちが三列になり、一斉に矢を放った。


「矢が飛んでくるぞ! 盾を構えろ!」


 敵の先頭に立つ者が声を張り上げる。

 その次の瞬間には大盾を持った者たちがそれを上に構える。

 エルフたちの放った矢が弧を描き上空から降り注ぐ。

 敵は大盾の下にうまく潜り込み、矢をやり過ごしてしまう。


『グギャ! 第二陣、第三陣! 矢を放て!』


 今度はゴブロクが指示を飛ばす。

 次は矢を番え構えていたエルフ四人が一列になり直線上に矢を放つ。

 そして別の六人一組となっていたエルフたちも先ほどと同じく弧を描くように矢を放った。


「ぐがぁぁぁぁ!? 矢が! 矢が……!」

「おい! 上に盾を構えろ!」

「馬鹿言うな! 前からも飛んでくるんだぞ!?」


 弧を描くように飛んでくる矢、それとは別に飛んでくる矢によって、敵の統率が乱れ始める。

 中には防御が間に合わず、まともに矢を喰らって、叫び声を上げる者もいる。


「ちくしょう、小癪なマネを……!」

「俺らも矢が使えれば……」


 そんな中で、冷静に攻撃を防御した盾持ちが悪態を吐く。


 本来であれば、襲撃には矢を使うべきである。

 しかし、男たち――リーサルバイトたちの目的はエルフの拉致だ。

 矢を使えばエルフに傷がつくし、最悪死んでしまうこともあるだろう。

 そんな理由で、今回は矢を使うことが禁止されているのである。


「怯むな、このまま盾を構えて突撃しろ! 接近しちまえばこっちのもんだ!」


 動揺と悪態が入り混じる中、部隊の中心部から傭兵団の頭目であるガリスの声が響く。


 防御に徹していてはいずれこちらが不利になる。

 ならば特攻を仕掛け近接戦に持ち込もうという判断だ。


「ちっ……やるしかねぇな!」

「あのエルフども、捕まえたら犯しまくってやる……!」


 悪態を吐きつつも、手下どもは下卑た笑みを浮かべる。

 そしてそのまま、再び雄叫びを上げて接近する速度を上げる。


『第一陣、矢を放て!』

『第二陣、第三陣、矢の準備をしろ!』


 敵が近づく速度を上げたのを確認し、ゴブゴとゴブロクが次々と指示を出す。


 接近される前に少しでも敵の数を減らさなければ……!

 そうしないと、ミノとゴブジたちのみで接近戦をしなければならなくなってしまう。


『グギャ! 距離に入ったな!』

『グギャッ、いくぞ、《ファイアーボール》!』


 敵が里への距離を縮める。

 そしてある距離に足を踏み入れたところで、ゴブシチとゴブハチが杖を構えてエルフたちの前に躍り出る。


 ゴブシチとゴブハチはゴブリンメイジだ。

 その杖の先端から炎属性の下級魔法を放つ。


「魔法スキルだと!?」

「変異種のゴブリンまで!? 一体どうなってやがる……ッ!」


 突如襲いかかった魔法スキルに、またもや驚愕の声を漏らす傭兵たち。

 だが、やはり動揺はしたものの、しっかりと盾を構えて対処されてしまう。


 ぶつかり合う盾と火球。

 派手な音を鳴らしながらも、傭兵たちはかける速度を緩めない。


『ブモッ! エルフたちは後方へ退避しろ!』


 敵はすでに目前だ。

 近接戦のできないエルフたちに下がるようにミノが指示を出す。


「オラ、喰らいなぁ!」


 ついに敵が里へと足を踏み入れる。

 そしてミノに向かって、先頭の三人が剣を繰り出す。


『グギャ! させるか!』


 ミノに攻撃が当たるかどうかという微妙なタイミングで、木の陰に隠れていたゴブゾウとゴブシが剣を手に敵に襲いかかった。

 特攻を仕掛けた勢いで対応が追いつかず、先頭の三人のうち二人がまともに攻撃を喰らい、悲鳴を上げる。


『グギャッ! 《ファイアーボール》……!』


 盾を持つ先頭の二人が倒れたその瞬間、ゴブシチとゴブハチが《ファイアーボール》を放つ。

 後に続いていた敵どもが正面から《ファイアーボール》を喰らい、炎に包まれた。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!』


 燃え盛る炎を消そうとのたうち回る。

 その拍子に他の仲間にも火が燃え移り、後方へと連鎖していく。


『グギャ! まだまだいくぞ、《ファイアーボール》!』


 ゴブシチとゴブハチは止まらない。

 そのまま立て続けに《ファイアーボール》を発動し続ける。


「前方部隊、伏せろ! こちらも魔法スキルを放つ!」


 後方から、頭目ガリスの声が響く。

 混乱していた前方部隊はすぐ様その声に従い、身を伏せた。

 すると、敵の傭兵団の後方から《ファイアーボール》が飛んできたではないか。


『グギャッ! 回避!』


 既のところで、ゴブリンたちは敵の攻撃を躱すことに成功する。

 傭兵たちは、エルフに対して魔法スキルを使うことは禁じられていた。


 しかし、モンスターであれば別だ。

 魔法スキルが外れ、エルフに当たる可能性もあるが……ここまで抵抗が激しいとなれば、多少の被害は致し方ないとガリスは判断したのだ。


 ゴブリンメイジ二体の攻撃の手が止まったことで、敵が態勢を立て直す。

 怪我を負った者は木々の間に退避し、後方に続く仲間に道を開ける。

 そして剣や槍を持った傭兵どもが、里に足を踏み入れる。


『ブモ! 行かせるか!』


 ミノが斧、そしてこの時のためにサヤがコレクションの中から譲ってくれた大盾を手に、傭兵たちの前に立ちはだかる。


 狭い里の入り口で戦わなければ、後方に控える敵どもの侵入を一気に許してしまうことになる。

 そうなれば戦う力を持たないエルフたちの元へ辿り着くのも時間の問題だ。


 そして何より、ミノはサヤにこの場を託された。

 主の命令であれば、配下としてそれに応えなければならない。


(一歩も引かないぜ! サヤ様の一番最初の配下としての意地を見せてやる……!)


 心の中で自分を奮い立たせると、ミノは勢いよく斧を降りおろした。


『がぁぁぁぁぁぁッ!?』


 剣で迎え撃とうとした傭兵が甲高い悲鳴を上げる。

 見ればその肩の深くまでミノの斧がめり込んでいる。


 ミノタウロスの膂力は強大だ。

 敵の剣を叩き割り、そのままの勢いで攻撃を成功させたのである。


「やろう! よくも仲間を……!」


目の前で仲間をやられたのを見て、激昂した傭兵の一人が槍を繰り出す。


『ブモッ! 遅いぜ!』


 ミノは反対の手に持った大盾でそれを難なく防いでみせる。

 そしてその隙を突き、ゴブジたちが敵の横に回り込んで剣を突き刺す。

 迷宮で過ごす間、サヤだけでなくミノたちも自分の実力を磨くための努力をしてきた。

 種族の違うモンスター同士での連携力も高めてきたのだ。


『ブモッ! さぁ……どんどんかかって来い!』

『グギャッ! サヤ様の配下として恥じぬ戦いをするぞ……!』


 敬愛する主のために!


 ミノタウロスとゴブリンたちの、一歩も引くことが許されない戦いが始まる――

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