二十六話 戦いの時
「ゴブイチ、迷宮に向かえ。他のゴブリンとペドラを呼べ。念のために周囲を警戒しながらな」
『グギャッ! かしこまりました、サヤ様!』
ピクニックの帰り道、唐突に指示を出したサヤに頷くと、ゴブイチは迷宮のある方向へと駆けて行く。
「どうしたのですか、ご主人様?」
「アレを見ろ、アリサ」
サヤの突然の行動に、不思議そうに問うアリサ。
そんな彼女に、サヤは少し先を指差す。
「これは……人の足跡……?」
「ああ、それも複数だ。これと同じような足跡を里の近くでも見つけた。何者かが里の様子を見張っていた可能性がある」
「「……っ!?」」
サヤの言葉に、アリサとマリナは思わず息を漏らす。
何者かが里を監視……。
もしやこの間の野盗の仲間ではないだろうか……そんな考えと恐怖が駆け抜ける。
サヤは出かける時に、里の近くに足跡があることに気づいていた。
最初は里のエルフたちのものかと思ったのだが、ピクニックをするうちに、普通では通らない場所にもそれがあることに気づいた。
そして今、また新たに足跡を見つけたことで、この里の住人ではない何者かのものだと確信したのだ。
ゴブイチもそれに気づいていたようだ。だからこそサヤの指示に、疑問を持つこともなく迷宮に向かった。
万一の時のための増援を用意するために……。
(む、むぅ……ワシとしたことが、サヤとのキスに浮かれて全然気づいてなかったのじゃ……)
シグレはバツが悪そうに、表情を苦いものにするのだった。
「我らもすぐに里に戻るぞ。これよりさらに警戒態勢を強める」
「かしこまりました、ご主人様」
「ふふっ、こういう時の旦那様、本当に頼もしいわ」
アリサは真剣な表情で、マリナはウットリとした表情でサヤに答え、彼に付き従い里へと戻る。
◆
「お頭、エルフの里の様子がおかしいですぜ」
「どういうことだ? 詳しく聞かせろ」
エルフの里から数キロほど離れた地点で、自身の配下の一人とガリスがやり取りを交わす。
「少し前から、ゴブリンどもが里の周りをウロいてやがります。もしかしたら俺らの存在に気づいたのかも……」
「ちっ……なかなかに勘のいい奴らだ。だったら仕方ねぇ。これ以上警戒される前に攻め込むとするぞ」
舌打ちをすると、ガリスはそう言って部下たちに指示を出し始める。
その数、ざっと見で五十人といったところだろうか。
剣を持つ者、フルプレートを着込み大盾を持つ者、ローブを着て杖を持つ者など様々だ。
「部隊を二つに分ける。重武装のやつと魔法スキルを使える奴は俺と一緒に南側から、後のやつらは北側に回り込め」
「了解だぜ、お頭!」
「グヒヒッ! ようやくエルフの体を楽しめる時が来たわけだ!」
ガリスの指示を聞き、配下どもが一斉に下卑た笑み、そして雄叫びを上げる。
二日前から、ガリスとその配下たちはエルフの里を張っていた。
部下による報告が本当であるかどうか、真偽を確かめるためのである。
そして里の光景を見て、ガリスは驚きを露わにした。
まさか本当にエルフとモンスターが共存していようとは……と。
だが、部下の報告通り、モンスターはミノタウロスとゴブリン以外にはいないようだ。これであれば攻め込んでも大丈夫だろう……。
しかし、そう思った矢先に、どうやらエルフたちはこちらの動きに勘付いたようだ。ならば向こうが完全に態勢を整える前に打って出ようというわけである。
エルフの里に向け、ガリスの率いる傭兵団、リーサルバイトが動き出す――
◆
『グギャ! サヤ様、武装した人間どもがこの里に向かってきます!』
警戒に出ていたゴブジが、血相を変えてサヤの元に駆けてくる。
「ふん、やはりこうなったか」
予想は的中した。
その事実に、サヤはどこかワクワクした様子で静かに笑う。
エルフたちとの生活は楽しいものだった。
しかし、サヤは本能的に強者との戦いを求めている。
久しぶりに戦闘ができるかと思うと、楽しくて仕方ないのだ。
『グギャ! サヤ様〜! 南の方角に武装した人間どもが……!』
ゴブジが来たのとは逆方向から、今度はゴブゴが叫びならが駆けてくる。
「なるほど、挟み撃ちということか」
「ご、ご主人様、どうしましょう……!」
サヤとゴブリンの会話を聞いていたアリサが、不安そうな表情で問いかけてくる。周囲にいたエルフたちも同様だ。
それに対し、サヤは――
「よし、北には我が一人で向かう。南はミノとゴブジたちを先頭に陣形を整えて迎え撃て。エルフは弓を使えるものだけ戦闘に加わるように。あとは待機だ」
――と、皆に指示を出す。
エルフたちの弓の練度はなかなかのものだが、剣を使う者たちはまだまだ実力不足。
それを考慮した上での指示だ。
『ブモ!? サヤ様一人で向かわれるんですかい!? それはいくらなんでも……』
「そうです、ご主人様! ここは私が一緒に……!」
サヤの指示を聞き、ミノとアリサが抗議の声を上げる……が――
「お前たち全員を足しても、我の方が戦力は上だ。任せておけ」
――そう言って、シグレの力によって手に入れた姿から元のスケルトンの姿へと戻る。
【そういうことじゃ。それに、相手の戦力は未知数じゃ。ここはサヤに片方を任せて、お前たちは目の前の敵に集中するがよい】
シグレもサヤの言葉に頷くと、妖刀の形態へと姿を変える。
サヤには他にも考えがある。
南は迷宮のある方向だ。
程なくすればゴブイチがペドラたちを連れてくるはずだ。
サヤを除いた現存戦力とはいえ、それらが合わされば、そう簡単にやられることはないだろうと。
「わかりました。ご主人様、ご武運を……!」
「勝利を信じております、旦那様……!」
アリサとマリナが真剣な表情でサヤを見つめる。
それにサヤは静かに、しかししっかりと頷くと……。
「ああ、すぐに戻ってくるから安心しろ」
……そう言って、スキル《エンチャント・ウィンド》を発動し気流を纏うと、疾風の如き速度で里の北側へと駆けていくのだった。
『ブモ! サヤ様が俺たちにこの場を預けた。誰一人死ぬことは許さないぜ!』
『グギャ! サヤ様に勝利を!』
ミノとゴブリンたちが恐怖で怯えるエルフたちを鼓舞するべく雄叫びを上げる。
エルフたちも意を決したのか、皆大きく頷くと、それぞれ戦う準備を始めるのだった。