二十五話 初めてのキスは木苺の味
翌朝――
「ぴくにっく……? 何だ、それは?」
サヤが不思議そうな声を漏らす。
空き家でサヤが寛いでいたところに、アリサが現れた。
そして「森にピクニックに行きませんか?」と誘ってきたのだ。
もちろんシグレも一緒だ。
「ご主人様、ピクニックとは簡単に言えばお散歩をして、その途中でご飯を食べたりして楽しむものです」
【ずっと里の中で稽古をしているだけではつまらんじゃろう。たまには散策でも楽しむのじゃ】
アリサとシグレ、サヤを狙うライバル関係にはあるものの、二人ともマリナにサヤを寝取られたもの同士である。
サヤを振り向かせるため、ここは一時休戦。同盟を組み、サヤをこちらに振り向かせようと考えたのだ。
「あらあら、楽しそうね。旦那様が行くなら私も行くわ♡」
アリサとシグレが、サヤの手を取って出かけようとしたその時だった。
寝室の扉が開くと、そんな声とともに乱れた服装のマリナが現れる。
「お、お母さま……!」
【ま、まさか……昨夜もサヤと……!?】
アリサとシグレの間に戦慄が走り抜ける。
そんな二人の様子を見て、マリナは「ふふふ……♡」と妖艶な笑みを浮かべて舌なめずり。
そのままサヤの方まで近づくと、彼にしなだれかかり――その豊満な双丘を、むにゅん……! と押し付ける。
「ああ、マリナとは昨夜も交わった。驚いたぞ、まさか胸にあんな使い方があったとはな」
マリナに胸を押し付けられて、昨夜のことを思い出したのか、サヤはそんなことを口走り始める。
「や、やっぱり昨日も……!」
【しかも胸の使い方じゃと!? 一体どんなプレイをしたのじゃ……!】
サヤの言葉に、アリサとシグレが興奮した声を上げる。
その表情は絶望に染まっている……かと思いきや、心なしか頬はピンクに染まっており、二人とも悩ましげに太ももをモジモジと擦り合わせている。
サヤとマリナの情事を想像して興奮してしまったのか、それともまたもや先を越されてしまったことに興奮してしまっているのか……答えは二人の心の中である。
「とりあえずピクニックとやらには行くとしよう。せっかくだ、ゴブイチでも連れて行くか」
サヤはピクニックに乗り気のようだが……アリサとシグレはガックリした様子を見せる。
三人きりでデートのはずが、恋敵であるマリナ、そしてゴブリンまで一緒とは……これでは意味がない。
しかし、初めてのことに興味津々な感じのサヤを見ていると、不思議と笑みが漏れるのであった。
◆
「あ、ご主人様! ここに木苺が実っています!」
ピクニックに出かけて少し、アリサがとある木を指差してサヤを呼ぶ。
「これは……果物なのか? こうして木に実っているのは初めて見るな……」
いくつもの木苺が実る姿を、サヤはマジマジとした表情で見つめる。
(や、やん! ご主人様ったら、可愛い……♡)
(はぁ……マリナに寝取られても、まだまだサヤは無垢な赤子のようじゃ……♡)
木苺に興味津津なサヤを見て、アリサとシグレが股か――もとい、胸をキュンキュンさせる。
エルフ姿のサヤは幻想的な容姿を持つ美しい青年だ。
しかし、こうして何かある度に面白いくらい反応を示す彼を見ていると、まるで無邪気な子どものようだ。
そんなサヤだからこそ、興味本位でマリナの誘惑に引っかかってしまったわけだが……。
「ふふふ……」
今も子どものような反応をするサヤを見て、マリナは唇に指を当てながら妖艶な笑みを浮かべている。
『おうふっ……!』
あまりに色っぽいマリナの仕草に、一緒についてきたゴブイチは股間を押さえて前屈みだ。
【どうじゃ、サヤよ、木苺を食べてみんか?】
「シグレ……そうだな、どんな味か気になる。食べてみるとしよう」
【それなら……ほら、食べさせてやるのじゃ♡】
サヤの返事を聞いたシグレは、そう言いながら木苺を一個もぎ取ると、自分の唇で咥えた。そしてそのまま、サヤの顔に自分の顔を近づける。
「ず、ずるいですよ! シグレ様……!」
大胆な行動に出たシグレに対し、アリサが抗議の声を上げるが……時すでに遅し。
サヤは「む? 口移しで食べるのか? よくわからんがやってみよう」などと言いながら、何の気なしにシグレが咥えた木苺を自分の口に咥えてしまう。
(キ、キスなのじゃ! サヤと初めてのキスをしてしまったのじゃ! ファーストキスなのじゃ……!)
恥ずかしさ、そして嬉しさのあまり、顔を真っ赤にしながら心の中で歓喜の声を上げるシグレ。
しかし、初めてのキスはここで終わることはなかった。
「む……? 口の奥に押し込んでしまったか、よし……」
木苺を咥えたはいいが、調節が難しくそのまま木苺はシグレの口の中へと押し込まれてしまった。
するとそのまま、サヤは舌を伸ばし、シグレの口の中に入った木苺を取ろうと動かす。
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?)
パニックだ。
ちょっとイタズラのつもりでやった行為が、まさかここまで深いキスに繋がろうとは。
そんなシグレのことなどお構いなしに、サヤは舌を動かし彼女の口の中から木苺を自分の口の中に移す。
「むぐ……木苺、なかなか美味いな」
あくまで木苺を食べることを目的としていたサヤは、口の中で咀嚼し、飲み込むとそんな感想を漏らす。
【ふぁ……あ、頭の中がボーっとするのじゃ……♡】
サヤの唇から解放されると、シグレは内股になり、そのまま地べたに座り込んでしまう。
その蕩けきった表情は、どこまでも乙女であった。
「ず、ずるいです! ご主人様、わたしも……!」
「あらあら、それなら私もお願いします、旦那様……♡」
負けじとアリサもシグレに口移しで木苺を食べさせようと迫る。
母であるマリナも同様だ。
そして、これもいつものことながら……ゴブイチは『グギャッ! クソッ、クソッ! サヤ様なんか爆発すればいいのに……!』と、悪態を吐くのであった。




