二十一話 初めてのお風呂とほくそ笑むエルフ
「さぁ、ご主人様、こちらへ……お召し物はここでお脱ぎください♡」
アリサに連れられ里の中を歩くこと少し――
とある場所へと着くと、サヤに服を脱ぐように言ってくる。
「何だ、ここは……? 水の中から煙が上がっている……?」
「ご主人様、ここは〝温泉〟と呼ばれる場所です。水から上がっているのは湯気といって、水が温かくなっている証です」
不思議そうに声を漏らすサヤに、アリサは丁寧に説明をする。
そう……アリサが連れてきたこの場所は天然の温泉――大露天風呂だ。
どうやらサヤの背中を流してやろうという考えのようだ。
【い、いきなりの風呂での付き合いを始めようとは……とんだ破廉恥娘なのじゃ……】
恥ずかしそうに頬をピンクに染めながら、太ももをモジモジさせてシグレが浴場に入ってくる。
その姿はいつもの着物姿ではなく、薄い布を一枚纏ったのみだ。彼女の起伏に富んだ体のラインがよくわかり、白い太ももが何とも眩しい。
アリサはミニのメイド服なのでサヤの背中を流すくらいそのままでも何とかなるが、着物姿のシグレはそうはいかず、急遽体を洗う用の布を借りてきたわけである。
「きゃっ、ご主人様の裸……初めて見ちゃいました……!」
よくわからないが面白そうだ……。
そう思ったサヤが着物を脱いだところで、アリサが黄色い声を上げる。
別に脱いだところで骨しかないのでどうということはないはずなのだが……この娘は何を興奮しているのだろうか……。
アリサがチラチラとサヤの骨格を見ながら、布を湯船で濡らしサヤの背骨を洗い始める。
「ほう……これはなかなか心地がいいな……」
【サ、サヤよ! 何を呑気な……!? ええい! こうなればワシもやるのじゃ……!】
アリサの洗体テクに、気持ち良さそうにサヤが声を漏らしたところで、このまま好きにさせてたまるかと、シグレも反対側に座り自分もサヤの骨格を洗いだす。
【どうじゃ、サヤ……ここが気持ち良いのではないか……♡】
「あっ……! ずるいですよ、シグレ様! いきなり〝恥骨〟を洗うなんてっ!」
【ふんっ! 早い者勝ちなのじゃ! サヤの恥骨はワシのものなのじゃ!】
アリサがサヤの背骨を流していたのに対し、シグレはいきなり彼の恥骨を洗い始めた。
その顔は真っ赤に染まっている。どうやら自分でもかなり恥ずかしいことをしているのは自覚しているようだ。
まぁ、冷静に考えれば骨だし何ということもないのだが……それはさておく。
「むぅ〜! わたしだって、ご主人様の恥ずかしい部分洗っちゃいます!」
そう言って、アリサまでもがサヤの恥骨を洗い始める。
二人の少女が顔を真っ赤にし、スケルトンの下腹部をまさぐる光景は、こう……何ともシュールである。
(むぅ、何だか知らんがムズムズするような……?)
二人の手の感触に、サヤは不思議な感覚を抱くのだった……。
◆
「ふむ、何となくスッキリした気分だ。湯浴みとはなかなかいいものだな」
アリサとシグレによる洗体ご奉仕から少し――
サヤは温泉に浸かりその気持ち良さを堪能した。
骨でできた体とはいえ、モンスターなので感触や温度は感じることはできる。
初めて体験した湯浴みという行為も気に入ったようだ。
「ふぁ〜、ご主人様のお背中を流すの……興奮しちゃいました♡」
【と、とんでもないことをしてしまったのじゃ……】
アリサは恍惚とした表情を浮かべ、蕩けた声を漏らす。
シグレは保護者という立場でありながら、サヤの恥骨をまさぐるなどという行為をしてしまったことに、興奮と少しの罪悪感を抱くのだった。
「アリサ、ご主人様への初ご奉仕はうまくいったのかしら?」
「あ、お母さま! はい、とてもうまくいきました。初めてだというのに、ご主人様の恥骨を洗ってしまいました♡」
三人で歩いていると、マリナが歩いてきた。
どうやらアリサの計画を知っていたようだ。
アリサの答えに、「あらあら、私の娘はずいぶんと大胆なことをするのねぇ」などと言いながらクスクスと笑っている。
それはさておき。
どうやらマリナは昼食ができたことを伝えに来たようだ。
サヤたちが温泉で戯れているうちに、他の者たちは午前の稽古を終えたとのこと。
ミノもゴブイチたちも、主であるサヤが来るまで食べるのを待っているらしい。
「そうか、それは悪いことをしたな。ではさっそく行くとするか」
「あっ、ご主人様、メイドとして一緒に歩かせてください♡」
【ちょっ、アリサよ! 何を勝手に腕を組んでおるのじゃ!】
歩きだしたサヤに腕を絡ませ豊満なバストを押し付けるアリサ。
またもやサヤを誘惑しようとするエロフに、シグレも慌ててサヤの反対側の腕に自分の腕を絡ませる。
(ふふふっ……二人とも、あんなに張り合っちゃて、まだまだ可愛いわね)
サヤを取り合うアリサとシグレを見つめながら、マリナは微笑ましいものでも見るような、優しい表情を浮かべるのだった。
◆
『ブモ! やっぱり料理ってのは最高だぜ!』
『グギャッ! 焼いたキノコが美味い!』
村の中心でエルフたちに混ざり、スープや焼いたキノコや頬張るミノやゴブイチたち。
迷宮での生活が長かった彼らからすれば、出てくる料理はどれも新鮮で美味この上ない。
そんな景色を見つめながら、サヤが――
「むぅ……」
――と、小さく声を漏らす。
【サヤよ、どうかしたのか?】
どこか寂しげな彼の声に、シグレは食事の手を止め、彼の顔を覗き込む。
「シグレ……食事というのは楽しいのか? 我もしてみたい……」
【サヤ……】
サヤの言葉を聞き、シグレは初めて気づいた。
スケルトンである彼は食事というものができない。
それゆえに、皆が食事する姿を羨ましがっていたことを……。
【よし! ならばお前に食事というものをさせてやろう!】
「何? 我はスケルトンだぞ、そんなことができるのか?」
【任せておけ、ワシは妖刀じゃぞ? 今まで倒した敵から吸収した生命力を使い、一時的にではあるが、お前に肉体を授けることができるのじゃ! まぁ……それには吸収した生命力をかなり使うことになるから、そう何回もできるわけではないがの……】
「なんと……!」
シグレの言葉に、珍しく興奮した声を上げるサヤ。
これはシグレが持つ特別な力の一つらしい。
簡単に説明すると、吸収した生命力を一定量消費することで、所有者に別の種族の姿を与えることができる……ということだ。
ただし容姿を細かく設定することはできず、その者が望んだ種族として生まれた場合に持ち合わせるであろう容姿に、自動的に変換される……とのことだ。
「よし、ならば我はエルフの姿になってみたい。初めて目にした他種族だからな」
【了解じゃ、それではゆくぞ……!】
シグレが両手を開きサヤに向ける。
するとどうだろうか。
サヤの体が漆黒の閃光に包まれたではないか。
「何!? この光は……!?」
「よくわからないけど、サヤ様がエルフの姿に変身するらしいわよ!」
「え!? 何それ、すごく見たい!」
サヤが光に包まれたところで、エルフたちがあちこちでそんなやり取りを交わす。
やがて光は落ち着き出す。
そして完全に光が止んだその時だった――
「「「き、きゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!」」」
エルフたちが一斉に黄色い声を上げた。
「皆、どうした……シグレよ、うまくいったのか……?」
【サ、サヤよ、成功じゃ……しかしここまでとは……】
サヤの質問に、少々動揺した様子で応えるシグレ。
その頬はピンクに染まり、瞳はとろんと蕩けきっている。
「ご主人様……美しいですぅ……」
シグレの隣ではアリサも同じような表情を浮かべ、甘い吐息を漏らす。
サヤの変身は無事に成功した。
肌の色は白、髪は肩口まである輝く白銀、そして瞳の色は涼しげな薄い青色。
鼻筋はスッとしており、顔のどのパーツもこれでもかと整っている。
中性的な……それでいてどこか男らしさを感じさせる絶世の美青年エルフとなっていたのだ。
『ブモッ! サヤ様、エルフだったら、こんなイケメンだったのかよ!』
『グギャッ! くそっ、くそっ! 強い上にイケメンとか爆ぜればいいのに!』
ミノとゴブイチたちが驚愕、そして嫉妬の入り混じった声を上げる。
逆に、ゴブゴとグブロクのメスゴブリンは、サヤを濡れた瞳で『グギャ……』『素敵……』と見つめている。
「サ、サヤ様、どうでしょう……このあと私と……」
「あ、ずるいわよ! 私だって!」
皆の反応に「……?」と不思議そうにサヤが首を傾げていると、エルフの少女たちが次々と群がってくる。
【ちょっ、お前たち! いきなり何をしようとしておるんじゃ!】
「そうですよ! わたしは最初から狙ってたんですからね!」
頬をピンクに染め、サヤに群がるエルフたちを、シグレとアリサが止めに入る。
これ以上サヤに惹かれる者が増えてはたまったものではないというものだ。
そんな中――
「ふふふ……っ」
――静かに唇を舐め、蠱惑的に笑うエルフがいるのだが……。
他のエルフを止めるのに夢中な、シグレとアリサは気づかないのだった――