十九話 二人の少女と二つの嫉妬
「アリサはどこにいる?」
「あ、ここです。サヤ様!」
迷宮から戻ってくると、辺りを見回してアリサを探すサヤ。
エルフは聴覚が鋭い。アリサはすぐにサヤの声に気づくと、ゴブイチたちのいる方から駆け寄ってくる。
その手にはブロードソードが握られている。どうやら弓ではなく剣を選んだようだ。
そんなアリサの視線が、サヤの手の中に握られている、とあるものに止まる。
「サヤ様、それって……」
「ああ、刀だ。迷宮の中に落ちていたものだ。我のコレクションの一つだがお前にやろう」
「サヤ様! それって、わたしに刀術を教えてくださるということですか!?」
「このまま里に留まっているだけでは退屈だからな。暇つぶしにちょうどいいだろう」
迷宮の中には、たまに武器や防具が落ちていることがある。
サヤはそれらを見つけるたびに、コレクションとして自身のテリトリーに飾っていた。
コレクションとはいえ……それらのなんの変哲もない武具は、シグレを持つサヤにとって戦いには不要な代物だ。
ならば自分に刀術の教えてほしいと願ったアリサに、くれてやってもいいと考えたのだ。
同時に、今彼が言ったように暇つぶしになれば……との考えもあるが……。
(むぅ、迷宮に戻って刀を持ち出した時はまさかと思ったが……やはりアリサのためであったか……)
サヤの隣で、シグレが心の中で不満げに呟く。
別に、サヤがアリサに恋愛感情を抱いての行動をとっているわけでないことはわかっている。
純粋なサヤのことだ。言葉通り、ただの暇つぶしをしようとしているだけだということも理解している。
だが、サヤが自分以外の女に……特にアリサの関わることになると、シグレはヤキモチを妬いてしまいがちなのだ。
「え、アリサってば、サヤ様に武器の扱いを教えてもらうの?」
「いいなぁ〜」
ゴブイチたちに剣の扱いを習うエルフたちの方から、そんな声が聞こえてくる……が、残念ながらサヤのコレクションの中に刀は一本しかない。今回は諦めてもらうしかないだろう。
「よし、まずは刀の持ち方からだ。シグレ、妖刀形態に変身してくれ」
【了解じゃ!】
アリサに刀術を教えるべく、シグレが人の姿から妖刀へと変身する。
前に見た光景ではあるが、やはり人が刀に変身する光景になれることはない。アリサは目の前の光景に目を丸くするのだった。
「まぁ、教えるといっても、我の刀術は戦いの中で会得した我流だ。あまり期待するなよ?」
「大丈夫です! あれだけの強さを誇るサヤ様の教えであれば、わたしも戦えるようになるはずです!」
不器用な言い方で期待するなと言うサヤに、アリサはそんな風に返す。
自分を、母を、そして里を救ってくれた彼の強さに心酔している……そんな表情だ。
まぁ……そんなアリサの表情など、まだまだ感情面が未発達なサヤが気づくことはないのだが……それはさておく。
【サヤよ、アリサはお前と違い肉体を持っている。刀術だけでなく筋力を鍛えたり、動作を筋肉に覚えさせる必要もあるのじゃ】
「む、そうなのか……ではその辺のことはシグレに任せるとしよう」
シグレにアドバイスをもらいつつ、サヤは自分が基本だと考える刀術の知識を、アリサにゆっくりと教え込んでいくのであった。
サヤのようにクラスやスキルなどはないので、彼のような強さを手に入れることはできなくとも、それなりに戦えるようになるだろう。
『グギャ! これはびっくりだ』
『まさかここまで弓の上達が早いとは……!』
向こうの方で、ゴブゴとゴブロクが驚いた声を上げている。
エルフたちに弓の扱いを教えてしばらく――彼女たちはどんどん技術を上達させていた。
その誰もが、百発百中……とまではいかないものの、誰もが六割程度、的に弓を当てることに成功している。
もともと、エルフは弓との相性が良いとされる種族だ。
これまでは男と女で役割が分かれていたため、武器を扱うことがなかった彼女たちではあったが、真面目に訓練を始めれば生来の相性の良さでグングンと技術を伸ばしていけるのだ。
その反面、ゴブイチたちに剣術を習うエルフたちは苦戦しているようだ。
だが、これから狩りなどを行うのであれば、剣などを使える者がいた方が、はるかに効率がいい。
数刻後――
「よし、今日はこれくらいにしておくか」
刀で素振りをするアリサに、サヤが声をかける。
アリサは汗で顔を濡らしながらも、サヤに満面の笑みで応える。
(ふむ、アリサのヤツめ、なかなかに飲み込みがいいのじゃ)
シグレが妖刀形態から少女の姿に変身し、心の中で呟く。
アリサはサヤに教えられた刀の持ち方や構え、そして振り方などを一度教わっただけでみるみるモノにしていった。
刀剣類への適性がそれほど高くないエルフ族だというのに、大したものである。
「あの、どうでしょうか、わたしは伸びしろはあると思いますか……?」
鞘に刀を収めながら、アリサがサヤに問いかける。
サヤは淡々と教えるべきことを教えていた。
途中で一切感想や所感を言うことはなかったので、自分がしっかりと刀術を吸収できているかどうか不安なのだ。
「ああ、なかなか上達が早いのではないか? 他者に教えたのは初めてだから断言はできんが……よくやっている方だろう」
ぶっきらぼうに……しかし、それとなく褒めるような言葉で応えるサヤ。
それにアリサは、パァッ! と花が咲き誇るかのような笑顔を浮かべる。
そして何やら頬を赤くし、恥ずかしげに太ももをモジモジとさせながらこんなことを言い出す。
「で、でしたら……上手にできたご褒美に、頭をナデナデしていただけないでしょうか……?」
と……。
【そ、そんなのダメに決まって――「む、こうか……?」
嫉妬心からシグレが、そんなのダメに決まっているじゃろうっっ! と言いかけたその時だった……。
サヤがアリサの頭に手を伸ばし、彼女の頭を不器用そうに撫で始めたではないか。
それを見て、シグレが【んな……ッッ!?】と、驚愕……それに嫉妬した声を上げ、アリサは「はうぅ〜……♡」と蕩けたような声を漏らす。
いつもサヤはシグレに頭を撫でられていた。
アリサにそれをやってほしいと言われ、一体どんな感じなのか気になりやってみただけ……。
サヤにとってはたったそれだけの理由で行なったことだった。
しかし、彼に特別な感情を抱くシグレにとっては一大事だ。
可愛いサヤが、自分以外の女にドンドン優しくなっていく……。
嫉妬、焦り……様々な感情が入り混じってしまう。
【サ、サヤよ! ワシの頭もナデナデするのじゃ!】
「む? シグレもこれがしてほしいのか、わかった」
気づけばシグレは嫉妬心など隠そうともせずに、サヤにおねだりしてしまっていた。
そしてサヤに撫でられた途端、その表情を蕩けたようなものに変え、【ふぁ〜……♡】と恍惚とした声を漏らす。
(むぅ〜、サヤ様……わたしだけに優しいというわけじゃないんですね……)
シグレの頭もナデナデするサヤを見て、アリサは心の中で少々ムクれるのであった。