百話 乙女なフランとキングオイスター
「(なるほど。そういうことであれば、私にはチャンスがありそうですね)」
サヤの話を聞き終えたところで、フランが静かにそんなことを呟く。
ヴァルカンとダークがそれを聞き逃すはずもなく――
「(にゅふふ……そういうことにゃね?)」
「(くくく……ご主人、なかなかに乙女ではないか)」
などとニヤニヤしている。
フランは、サヤがシグレとアリサの気持ちを知りながら、なぜ彼女たちを抱かないのか気になっていた。
二人がダメなのであれば、それよりも関係性の浅い自分にサヤが振り向いてくれることはない……そんなふうに思っていたのだ。
そんな不安から今回このような質問をサヤに投げかけてみたわけだが……直接的に自分から聞かないあたり、普段はクールぶっていてもまだまだ可愛らしい乙女というわけである。
そんなこんなでやり取りをしているうちに、給仕の娘が料理を運んできた。
「お待たせしました! この街特産の厳選フレッシュキングオイスターです!」
「ふれっしゅきんぐおいすたー?」
聞きなれない単語に、サヤが運ばれてきた料理を不思議そうに見る。
巨大な皿の中には氷が敷き詰められており、その上には不思議な形状をした貝が上半分を開かれた状態でこれでもかと盛られている。
不思議そうな表情のサヤたちに、ヴァルカンとフランが目の前の貝――キングオイスターについて説明する。
「オイスターはこの街、ルインの特産品の貝にゃ! あまりにも美味しいと有名にゃん!」
「キングオイスターは老舗の店で養殖されているブランドオイスターです。この店で提供されているのは、さらにその中でも一番美味しいとされている大きさのものだけなのです」
最後に、フレッシュと頭についているのは生で提供されているからだと、ヴァルカンが締め括る。
ヴァルカンとフランの熱弁っぷりに、サヤは「そ、そうなのか……」と、珍しく少し引き気味だ。
「まぁ、百聞は一見に如かずにゃ!」
そう言ってフレッシュキングオイスターを手に取り、別の皿に大量に積まれたレモンを惜しげもなく振りかけ「さぁ、ちゅるんと食べてみるにゃ!」と、サヤに差し出す。
「ふむ、ではいただくとしよう」
そう言って殻の部分を持ち、上からフォークでその言葉の通り……ちゅるんっとキングオイスターの身を口の中へと運ぶサヤ。
「これは……」
目を大きく開き、ゆっくりと咀嚼する。
そしてゴクンっと飲み込むと……
「たまらん、あまりにも美味すぎる」
と、静かに感想を漏らした。
「そ、そんなに美味なのじゃ!?」
「楽しみです!」
サヤの反応に、先ほどまで複雑な表情を浮かべていたシグレとアリサもキングオイスターに手を伸ばし――
「これは、素晴らしいのじゃ……!」
「不思議な食感ですがほどよい塩気、そして濃厚な旨味……いくらでも食べられてしまいそうです!」
と、興奮した声を漏らす。
「ほら、グランも食べてみろ」
皿の上にキングオイスターを何個か取り分けて差し出すサヤ。
文字通り犬食いでキングオイスターを頬張り「美味すぎる!」と、グランペイルが喜びの鳴き声を上げる。
「にゃはは! 気に入ってもらえて嬉しいにゃん!」
「足りなければまた注文しますから好きなだけ食べてください」
そう言って、ヴァルカンとフランもキングオイスターへと手を伸ばす。
「おい、犬っころ! それは妾のじゃ!」
「へへんっ、早い者勝ちだぜ!」
あまりのも美味なキングオイスターを前に、グランとダークが久しぶりにペチペチと取っ組みを始める始末である。
「それにしても、この酒に合うな」
二個目のキングオイスター飲み込んだところでライチ酒を口にするサヤ。
濃厚な味わいのキングオイスターに、さっぱりとした甘味と後味のライチ酒は最高に相性がいいのだ。
「うむ、確かにこれはいいのじゃ」
「さらに食欲が進んでしまいそうです!」
シグレとアリサも気に入った様子だ。
そんなタイミングで、次の料理が運ばれてきた。
オイル漬けにしたキングオイスターの切り身が入ったサラダ、キングオイスターのバターソテー、そしてこれまたキングオイスターのフライである。
サラダで口の中をさらにさっぱりと。
ソテーはキングオイスターの濃厚な旨みをバターの香りとマイルドな味わいで引き立てる。
そしてキングオイスターのフライはサクサクとした衣にレモンやタルタルソースなどをかけてガツンとジューシーに。
料理によって白葡萄酒やエールなど、様々なアルコールに切り替えながら、どれも美味な品々をサヤたちは堪能し尽くす。
(シャンダーレ王国……いや、港街ルルン。最高だな)
普段、あまり戦闘以外のことに興味を示さないサヤが、珍しくそんな感想を抱くのであった。
「お客様、よろしけば裏メニューになるのですがアヒージョなどもいかがでしょうか? ガーリックとオリーブオイルとのハーモニーがたまらない逸品となっております」
サヤたちの大盤振る舞いな注文っぷりのおかげか、給仕の娘がこっそりとそんな提案をしてくる。
「ぜひ頼む」
当然迷うこともなく、サヤは大きく頷くのであった。