九十九話 サヤの思い
宿屋を確保して少し、サヤたちは昼食をとりに飲食街へとやってきた。
「みんな、こっちにゃん!」
るんるん気分で先頭を歩くヴァルカン。彼女に連れられて一行は少し坂を上った位置にある洒落た雰囲気のレストランへとたどり着いた。
「いらっしゃいませ、冒険者の皆さま!」
給仕の娘がサヤたちを出迎える。
店と同じく洒落たデザインの制服を着ている。
客なども含めた全体の雰囲気を見るに、高級志向寄りの店のようだ。
「上のテラス席は空いてるにゃん? それとペットもいるんにゃけど、大丈夫にゃん?」
「空いております。そしてもちろん、Sランク冒険者パーティーの皆さまであればペットを連れていても大歓迎でございます」
ヴァルカンの言葉に丁寧に答えると、給仕の娘は一行を二階へと案内する。
「ほう、これは……」
「素晴らしい景色じゃな」
二階のテラスへと案内されたところでサヤとシグレが思わず声を漏らす。
テラスからは綺麗に整理されたルルン街並み、そしてその先には太陽に照らされた青い海がどこまでも広がっている。
リューインやナツイロ王国の景色も素晴らしいもであったが、これほどまでに発展した街から見える海の景色は実に壮観である。
アリサにグランペイルも、景色を見つめる瞳をキラキラとさせている。
「ふふっ、気に入ってもらえたようですね」
そう言って微笑を浮かべなるフラン。
ヴァルカンとダークも「連れてきて正解にゃん」「妾たちも初めて見た時は感動したものだ」と、サヤたちの反応見て嬉しそうな表情を浮かべている。
「これならマリナも連れてきてやればよかったな」
「むぅ〜、サヤ様、今は俺がいるだろっ」
サヤの言葉に、彼の腕に抱かれながらその頬を前足でペシペシするグランペイル。
そんな彼女の反応に、サヤは「そうであったな、すまん」と苦笑しながら頭を撫でてやるのだった。
それ見て、ダークが「くっ……子犬の姿でじゃれる姿は妾に効く……ッ!」などと悔しげな声を漏らしているが、それはさておく。
全員が席についたところで、せっかくなので酒――先ほど港のマーケットで飲んで感動したライチ酒を全員分注文する。
料理に関して「私に任せるにゃん!」と言って、ヴァルカンが給仕の娘にサクサクと注文していく。
少しすると、全員分のライチ酒が到着し、皆で乾杯する。
どうやら今回グランペイルは子犬の姿のままでいるようだ。
ミルクを注文してもらい、ダークの隣でぺちゃぺちゃと飲んでいる。
(ふむ……こやつ、サヤ殿と仲睦まじくなってから他者に対して思いやりを持つようになったな?)
グランペイルを横目で見ながら、人間形態を持たない自分を彼女が気遣ってくれたのだと察する。
そしてミルクを舐める舌を止め、小さな声で「感謝だ……」とこっそり呟く。
そんな彼女に、グランペイルは「へへっ、いいってことよ」とにっこり笑ってミルクを舐めるのであった。
そんなタイミングで――
「ところで……サヤ、質問があるのですが」
と、フランがサヤに問いかける。
「む、どうしたフラン?」
「サヤ、あなたはシグレとアリサを抱く気はないのですか?」
「「ブフォ……っっ!!」」
突然のフランのぶち込みに、シグレとアリサが揃ってライチ酒を吹き出した。
「んにゃ! フランちゃん、なかなか攻めるにゃね!」
「そうだ、いったれ! ご主人!」
ここ最近で一番の盛り上がりを見せるヴァルカンとダーク。
食事前だというのにとんでもない話題で盛り上がりを見せる出歯亀二人組に、グランペイルは「こ、こいつら……」と少し引いた様子を見せる。
そんな状況の中、サヤは――
「ふむ、せっかくの機会だ。我の思っていることを皆に伝えておくか……」
そう言って、ライチ酒の入ったグラスをテーブルの上に置く。
サヤがシグレとアリサに対して思っていること……いったいどのような言葉が彼の口から飛び出すか、妖刀娘とエルフ娘の心臓はバクバクである。
「まず、アリサに関してだが……お前はマリナの娘だ。つまり我の娘でもある。お前は女として魅力的であり、血も繋がってはいない。だがやはり娘に手を出すのはちょっとな……」
「なんでそんなとこで変に常識的なんですかっっ!!」
サヤの意見に、頭を抱えながら叫び声を上げるアリサ。
まぁ、まさか普段は魔王然とした戦闘狂なサヤがそのようなことを考えていたとは思いもしなかったのであろう。
「くっ、私はサヤさまのことをご主人様として慕っていたのに、まさか実の娘のように大切にされていたなんてぇ〜……」
大切にされていたのは嬉しい、しかしそれが抱かれない理由になってしまっていたとは……エルフ娘はなんとも複雑な気持ちを抱く。
あまりのシュールっぷりに、ヴァルカンとダークは「ぷ、くく……ダメにゃ」「そうだ、ヴァルカン嬢よ、わ、笑ってはいかぬ……」と必死に笑いを堪えている。
「そしてシグレ、お前についてだが」
「は、はひぃ!」
ついに自分の番が回ってきた。
緊張のあまり、シグレが裏返った声を漏らす。
「お前は素晴らしい。我と一生を――否、永遠を共にする者だ。もはや「好き」や「愛」など、いや……「男」と「女」という関係すらも超越した、我にとって唯一無二のかけがえの無い存在だ。それ故にだ」
……と、サヤは言葉を締め括る。
対し、シグレは――
「愛さえも超越した存在……ふむ、一人の女として複雑な気持ちはあるが、なるほど……」
いつになく真剣、それでいてどこまでも穏やかな表情を浮かべるのであった。