表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

(一)平成の世へ


時は平安末期に(さかのぼ)る——。


源義経(みなもとのよしつね)は、自身の生涯(しょうがい)の最期を覚悟した。


兄である源頼朝(よりとも)は、義経を幕府の謀反人(むほんにん)として敵とみなし、朝廷に対して圧力をかけ、義経の追討令を出した。

義経は一時、奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし)(かくま)われたが、頼朝の圧力によって(てのはら)を返した藤原泰衡(ふじわらのやすひら)の軍勢が、義経が身を隠していた衣川館(ころもがわのたて)へと攻め入ったのだ。


義経は意を決し、衣川館の持仏堂(じぶつどう)(日常的に礼拝する仏像や位牌(いはい)を安置する堂のこと)へと(こも)った。

目の前には、自刃(じじん)するための短刀を寝かせ置き、義経は我が生涯を振り返っていた。

初めは幼少期の頃を思い出していた。

幼名を、牛若丸(うしわかまる)と名付けた母の常盤御前(ときわごぜん)の顔を思い浮かべたが、なかなか思い出す事はできなかった。その頃はまだ何も知らぬ稚児(ちご)であった。


次に少年の時代を思い出す。

平家(へいけ)の世において、その身を隠す為に入れられていた鞍馬寺(くらまでら)から飛び出し、平家滅亡を夢見て奥州まで旅をしたことを思い出した。その懐かしさには思わず(ほほ)(ゆる)んだ。


そして生き別れていた兄の頼朝と再開した時の感動、壇ノ浦(だんのうら)の合戦にて憎き平家を滅ぼし、都で栄華(えいが)を極めていた時代まで、次々と思い出していった。


しかし、どれだけ思いを巡らせたところで義経の目の前にある事実は、(おのれ)の「死」のみであった。義経はその覚悟を固め、介錯人(かいしゃくにん)(切腹の際、付き添って首を落とす役目の人)である十郎兼房(じゅうろうかねふさ)に目を配ると、目の前の短刀の(つか)逆手(さかて)に取った。そして(まぶた)をゆっくりと下ろすと、鼻から(わず)かに目の前の空気を吸い込み、大きく息を吐き切ると、手に持った短刀を勢いよく自分の腹へと突き立てた。


うっ。


思わず腹に力が入り、短刀の自由が利かない。義経は最後の力を振り絞り、一気に横一文字(よこいちもんじ)に、腹を()っ切った。


(ああ……これで終わりだ……)


義経は苦しみの中に、無言で自分自身に呟く。その刹那(せつな)、十郎兼房の太刀が一閃(いっせん)、義経の首を一刀両断(いっとうりょうだん)した。








時は平成十八年に至る——。


朝の澄み渡った空気を鼻先に感じた。陽の光が差し込んでいるのか、まぶた越しにもその明るさが感じられた。少し遠くには鳥の(さえず)りが聞こえ、何やら騒々しい。


——ブロロロロロ……


少年は耳を疑った。


(なんだ今の音は?)


それになんだか不思議な心地がする。明らかに、今まで体感したことのない寝床の感触であった。まるで雲の上に布団を敷いたかのように柔らかな感触に、少年は心地よさを感じていた。

少年は朦朧(もうろう)としつつも身体をむくりと起こした。瞼をこすり、大きく息を吸い、精一杯にその小さな身体で()()をすると、目を開けた。


少年は、目の前に飛び込んできた異様な風景に一瞬息を飲んだものの、自らの境地を思い出すとともに、合点(がてん)がいった。


「ここは……浄土(じょうど)か……?」


そうだ。私は先の合戦(かせん)において衣川館の持仏堂で自刃し、死んだのだ。それにこの雲の上のような心地の良い寝床は、浄土のものだからだろう。しかしながら、武士(もののふ)修羅(しゅら)の道に()ちるものだとばかり思っておったわ。

などと、少年は様々に思案しながらも、ふわりとした寝床から短い足を下ろすと、整然として細い板が並べられている床にストンと立った。


(なんと)


その床を見て少年はまた驚いた。これほどにまで滑らかに磨かれ、節々の整った床を見たのは初めてであった。感動した少年は、その整然(せいぜん)とした床を(しばら)く見つめ続けていた。


少年を一番驚かせたのは、東向きについていた窓だった。

少年は窓のそばに近寄ると、初めて目にしたその透明の板にペタペタと触れ、指紋を大量に引っ付けた。


(浄土の世界には目に見えぬ蔀戸(しとみど)がかかっておるのか)


そしてその透明な蔀戸(平安時代に窓の代わりに雨や風を(しの)いだ板)に関心を寄せながらもその先の風景に目をやった。


(なんだあれは?車か?しかし牛や馬が引いておらぬぞ)


少年が目にしたのはゴミ収集車であった。ゴミ収集を終えた車は、ちょうど次の地域へと向かい、発進していたところであった。


——ブロロロロロ……


もう一度その音を聞いた少年は、さっきの音がこの車のものである事を理解した。


少年が部屋の中を観察していると、下から女の声がした。


「ワカ!早く起きないと学校遅刻するわよ!」


少年は疑問を覚えた。


(今の声はなんだったのだろうか。ワカとは誰のことなのか。それにしても世に聞かぬ奇妙な(なま)りだな)


今聞こえてきた声に、様々な考えを巡らせながらも、少年はその目に写ったものの前に、一気に引き寄せられた。


少年を引き寄せたのは、カレンダーである。そのカレンダーを前にして、少年は不思議に思った。彼には鞍馬山(くらややま)仏門(ぶつもん)に入った経験があり、その間にさまざまな教養を得ていたことから、多少の文字を読むことができたが、明らかに見たことのない漢字(まな)仮名(かな)、丸みを帯びた記号の意味を理解し、読むことができたのだ。


(これは……(こよみ)か……?)


そして、その暦の一番上に大きく書かれた文字を思わず声に出して読んだ。


平成(へいせい)……十八年(じうはちねん)……?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ