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【Chapter:01 Page012】

 目をあけると、そこは宇宙だった。

 あたりをきょろきょろと見回すと、目に映るのは、たくさんの星々。

 ルビーの赤。サファイアの緑。アメジストの青……。それらが渾然一体こんぜんいったいとなって、美しい銀河という絵画を描いているではないか。 

(どこだろう。こんな場所あったっけ……)

 自分の立っている場所を探ろうとして、気 づ く。

 少年はどこにも立っていない。浮 か ん で い る の だ と。


「……?」

 少年は、自分のおかれている状況を考える。

 さっきまで自分は部屋で眠っていたはずだ。仕事で疲れていた体を休めていたはずだ。

 それがなぜこんなところで浮かんでいるのだ? まるで海にでも身をまかせたかのように。

 普通なら分析なんかしてないで、もっとあせってもいいところなのだが、きもわっているのか呑気なのか、少年はまるで公園のお年寄りみたく落ち着いている。

 だけど、落ち着いてばかりもいられなかった。

 

 だって……。

 目 の 前 を 宇 宙 戦 艦 艦 隊 が 泳 い で い る の だ か ら。







【Page012】

――――――――――――――

      The FANTASY of Grid







「びっくりしたぁ……」

 あまりびっくりしていないような顔で、少年は言った。

 頭がどうかしたのだろうか? どうかしてしまったからこのような幻覚をみているのだろうか?

 少年は今、宇宙空間のド真ん中にいて、しかも鋼鉄の戦艦とすれ違っている。それも一隻いっせき二隻にせきではない。群れの大移動だ。

 これを夢といわずして何と呼べばいい?


「なんだ、夢か」

 いや、もっとあせれよオイ。


 一番少年の近くを飛んでいた宇宙戦艦に、光矢こうやはしる。

 まるで槍で貫くように。

「……?」

 少年が状況を把握するよりも先に。

 

 宇宙戦艦が、鉄の塊が、近代テクノロジーの結晶が。

 いとも簡単にはじけ飛んだ。


「うわ……」

 鋼鉄の風船が割れたかのような妙な破砕。

 突き刺してくるような爆発の光に、目を腕でかばって少年は自分を守る。

 爆発の熱で焼けてしまうのではないかと心配(そのわりには、ほんわかした動き)したが、どういう手品なのか少年には火傷どころかすり傷ひとつつくことはなかった。


『第三艦【イクパスイ】大破しました!』

『全火力を目標に傾注けいちゅうさせよ! 【アヌンコタン】【カムイモシリ】にも至急伝達!』

了解しましたイエス・アイ・サー!』


 不思議と耳に――いや、頭の中に直接ひびく声。

 彼らは己が敵意を主砲にこめて――殺意を解き放つ!

 宇宙空間内の分子雲をエネルギー源にして、高密度の電磁波――収束マイクロ波メーザービームとして発射したのだ。物質を焼き切る光線だと考えればいい。


 たくさんの戦艦から放たれていく――光の矢。

 矢嵐やあらしが向かうのは、たった一点。


 これほどまでにして狙う相手は何なのだろう。隕石? それとも宇宙人?

 そんなことを思いながら少年はその先をみて――気づいた。

 まるで望遠鏡のようにその先が見えたから。メーザービームよりも光よりもはるかに早く、その目標を見ることができたのだ。なぜ?

 けど、だけど……。

 驚いたのはそんなことじゃない。





 艦隊かれらの敵は―― 女 の 子 だ 。





   

 宇宙船どころか宇宙服すら着ていない……ただの女の子じゃないか。

 女の子、と呼ぶには少し成熟している。だけど女と呼ぶにはまだ若い。そんな年齢だった。

 長い髪に、黒いコート。まるで魔女のようないでたちだ。

 少女は宇宙空間で身をさらすという破天荒なマネをしていて、そのうえメーザービームの的となっていた。

 つまりはこういうことだ。

 

 少女ひとりを殺すためだけに大艦隊が牙をむいているのだと。


 弱いものいじめとしてはひどくたちが悪い。あまりにも気持ち悪い。みていて胸の悪くなる光景だ。

 少年は、思わずつぶやいていた。

「……最近は、イジメもハイテクの時代なのかな」


 そうしているうちに、光の槍が少女に迫る。さすがに少年も目の色を変えていた。

 もしかして一瞬で彼女のところまでいけないだろうかと考えたが、今の自分の状況すら分からないのでは、そんなことは不可能に近い。

 そうして穂先ほさきは少女の喉元を狙い迫って――



 呑み込まれた。

 光のほうが。



 少女を光の間――わずか一メートル。

 そこで光がいきなり消えたのだ。まるで壁にでも当たったかのように。

 いや。違う。

 まるでひきずりこまれたかのようだった。

 

『何があった!!?』

『目標の前方に特異点とX線反応! MBHマイクロブラックホールかと思われます』 

『光を呑み込んだというのか!!? ――くっ。もう一度撃て! 全艦にも打電しろ!』

『MBHから流れてくる電磁波の影響で、通信が妨害されています!』

『光通信に切り替えて再送信しろ!』


 ……攻撃が通用してない。

 ……通信も満足にできない。

 大艦隊が……気圧けおされてる……? たった一人の少女に?

 

 少年は、この状況をいぶかしむ。こんなことはありえない。アリエナイのに。


 戦艦は再び、主砲を発射する。目標は変わらない。さっきまでとまったく同じシチュエーション。


 少年は、確信していた――


 光は少女へとまっすぐ突き進み――少女の目前で呑み込まれる。

 これまた、まったく同じシチュエーション。


 ――彼らに彼女は殺せない。絶対に。


 少女は、つまらなそうにまぶたを下ろして、半眼で戦艦をにらむ。 

 まるでつまらない、遊び飽きたおもちゃでも見る目。

 そうして、ゆっくり手を上げた。手のひらは戦艦に向けられている。


 そして――少女は微笑む。

 笑ったのだ。ほんの少し目じりを下げて口端を上げただけの、力ない笑顔。


 ただ、それだけなのに――

 どうしてだ? 怖 く て た ま ら な い 。


 表面上、少年の表情は変わってなどいない。はたから見れば無表情にしか見えないだろう。

 だけどその目が――本能が少女を警戒している。

 

 少年は、こう思わずにはいられなかった。

 彼らに彼女は殺せない。でも、たぶん……きっと…… 彼 女 は 彼 ら を 殺 せ る 。


 絶対に。






 



  

 風船が、割れた。










 宇宙を泳ぐ鋼鉄の風船が、赤い炎と部品をまき散らしながら吹き飛んでいく。

 いったい少女は何をしたのだろう。これはいったい何なのだろう。

 信じられるか?

 技術のすいらした宇宙戦艦が、生身の少女に蹂躙じゅうりんされているなんて。


「……物騒な時代だよねぇ……」 

 何がなんだか。目が笑っていない笑みを浮かべて、少年はつぶやいていた。

 少女はなおも宇宙戦艦を踏みつけている。いや、正確には手をかざすだけで破壊しているのだが、踏みつけるという表現のほうが適している気がしたのだ。

 少女の雰囲気からして、相 当 遊 び 慣 れ て い る よ う に 見 え る 。そして、今の相手はひどくつまらない。遊び相手ですらない――雑魚だ。


 なおも戦艦は潰されていく。

 隣の戦艦もその隣の戦艦もその隣もさらに隣もそして隣の隣の隣も――


 

 そうして誰もいなくなる。



 散らばっているのは、鋼鉄の死骸と、少女の敵意の残滓ざんし








 ――否。

 まだ一隻いっせき残っている。


「…………」

 少年は、その生き残りのそばに身をおいてみる。他に何もすることがないのだ。



『撃て! 撃ちまくれ! 出力全開! 砲身がイカれてもかまわん! メーザー砲およびリニアキャノンを撃ちまくれ!』


 残っている戦艦は、ありったけの火力を少女にぶつけていく。どうやら退却という選択肢は考えていないらしい。勇気を通りこして蛮勇ばんゆう――違う。ただの無謀だ。

 その攻撃を少女はどうしたと思う? 傍観ぼうかんしたのだ。

 まるで屋根の下から雨をながめるように、第三者のような目で見ていたのだ。どうかしてるのか?


 雨が、少女の身体を突き刺した。砲という名の雨。

 何度も何度も、執拗しつよう偏執狂的へんしつきょうてきに刺し貫いていく。 

 まるで人形のようにびくんびくんと手足が気持ち悪くはねて、ひん曲がって――最後に光の矢が少女を呑み込んだ。


『やったか!??』


 少年は、戦艦の横に近づいてこの場を眺めていた。

 電子レンジなど比較にならないマイクロ波の海に呑まれて、生きている人間などいないだろう。たぶん、そう【考える】のがふつうだ。






 だけど、少年は【思う】。






 ――けたけたけたけた……。

 





『艦長! 前方に生体反応が!』






 ――けたけたけたけた……。






 そもそも彼女は人間か?






 ――けたけたけたけた……。







『距離は!』

『前方……2メートル……本艦の目の前ですっ! あいつが、あいつがァッ……』

 狂気をはらんだ声で男は叫ぶ。






 ――けたけたけたけた……。






 響いているのは笑い声。

 空気のない宇宙空間に声が響くことなどありえない。水がなければ波は立たないのだ。

 だけど声は、現実に宇宙全体に響きわたっている。

 恐 怖 が 科 学 を 超 え て い た 。






  ――けたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけた…………。






 笑い声がどんどん膨らんでいく。

 少年は、少女を探して目だけで見回す――

  


 いた。

 少 年 の す ぐ 目 の 前 に 。




「…………っ!」

 恐怖とも驚愕とも警戒とも歓喜ともつかぬ顔で、少年は引きつった笑みを浮かべる。



 まるで宙を飛びはねるかのように戦艦に接近しており、背中が猫のように丸く曲がっている。足元はコートやスカートの長すぎるすそに隠れてゆらゆら揺れていて、さながらそれは龍の尻尾のようで、宙に投げ出した腕は、まるで骨だけになった鳥類の翼のようだった。

 そして頭は、なぜか90度ごきんと骨が折れたかのように首がねじれ曲がっていて、それをものともせずに笑んでいる。


 影が覆いつくした顔。鈍く光る満月が縦に二個。それは見開いた目玉。

 そしてその横には白い三日月。それは頬が裂けんばかりの笑み。


 羽の生えた蛇が宙を踊っていたら、こんな感じなのだろうか。

 瞳の鈍い光は、まるで奈落の底のように深く、暗い。

 人外の存在が、目の前にいた。



 少女は、少年の存在に気づいていない。あくまで彼女の目標は戦艦だ。


 いったいどうやってここまで移動してきたのか。あれだけの攻撃を受けていながらどうして生きているのか。

 それは神の御業みわざか悪魔の手妻てづまか……。

 


『全速離脱と同時にリニアキャノン同時斉射どうじせいしゃ! 【BLACKBOX】を薙ぎ払えェ!』 


 冷静さを失った声で、艦長が叫ぶ。

 殺人ウイルスを保有したサルが服の中にでも入ってきたかのような、そんな狂乱ぶりだ。

 状況はある意味、それに近かった。

 あの少女は、死をまきちらす魔女なのかもしれない。

 

 戦艦が逃げ切るのと、少女が一手をさすのと、どっちが早いだろう。

 ――たぶん、少女の勝ちだ。



 ――怖い。

 少年のなかで、そんな感情が首をもたげる。

 怖い。

 怖くて怖くてたまらない。

 とても怖くて怖くて怖くて怖くて怖すぎて――



 少 年 は 満 面 の 笑 み を 浮 か べ て い た 。



 こんなに笑ったのひさしぶりだ。

 こんなに驚いたのはひさしぶりだ。

 こんなに興奮したのはひさしぶりだ。


 これは未知への恐怖?

 あの艦長のような?

 ――違う。


 この気持ちは――少しだけ違う。


 まるではじめて星空を見たときのような。

 まるで町を探検したときのような。

 まるで仮病を使ったあとのような。


 ある種の心地よい緊張感。

 映画スターを目の前にしたような―― 自 分 と は ま る で 違 う 世 界 の 存 在 に 出 会 っ た よ う な ド キ ド キ が、そこにあった。

 

 少年の思いなど知らぬ少女は戦艦に手を触れ、そっと力をこめる。

 瞬間、戦艦のところどころから光がほとばしっていく。まるで風船に過度の空気を詰めこんでいくかのように。

「――っ!!!!?」

 少年は、はっとした。このままでは吹き飛んでしまう。たぶん、少年も巻きこまれるだろう。

 そうなったら、そうなったら――もう二度と彼女に会えないかもしれない。

 不思議と、死んでしまうかもという恐怖はなかった。そんなことはどうでもいいとさえ思っていた。

 少年は少女に手をのばし、叫ぶ。


「待って!」

 言葉にするとなんとも陳腐ちんぷなその言葉を、少年は叫んでいた。叫ぶのはひさしぶりだ。 

 どうかなるというわけでもない。だけど気持ちが動くのだ。動かなくちゃ、何も変わらない。


 そして、奇跡は起こる。 


「!」

 少女が、こちらを見た。

 驚いたように、少女が振り向いたのだ。


 少年を見た。

 少年を意識した。

 少年と目が合った。


 ――なのに。


 もうすこしで手が届くというところで――光が世界を呑みこんでいく。

 少年の全てを光が包みこみ、上も下も横もありとあらゆる感覚の全てを消し飛ばしていく。


 意識すらも。


「っ……?」

 これが終焉しゅうえん――夢の終わりだというのだろうか。


「…………」 

 薄れていく意識の中で、少年はついに見た。

 少年に気づいたときの少女の顔。



 驚いたような、固まった表情。

 だけど少しでもつつけば泣きだしてしまいそうな、そんな顔。

 まるでいなくなってしまったと思っていたクラスメートに偶然出会ったときのような、そんな顔。

 大人っぽい顔立ちなのに、意外と表情は子供っぽい。女の子の顔だった。  



 星の海で出会った女の子。

 戦場である点や、唐突な展開さえ気にしなければ、わりとロマンチックな話に見えなくもない――かもしれない。たぶん。


「…………」

 光に呑まれていきながら、少年はまんざらでもない気分で身をゆだねる。

 そしてそのまま、意識は闇に沈んでいった……。



 ――それが、夢のおしまい。






  -BLACKBOX-

―ブラックボックス―



鉄格子の夢

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