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【Chapter:01 Page037】

【BLACKBOX】

2.――用途は不明だが、何らかの機能を有するからくり。





 ――蜘蛛くもの巣。

 枝に絡みついて、美しい幾何学きかがくな模様を描いている白い糸。


 それに重なって見えるのは白いクラゲ。

 黒い空を揺蕩たゆたう丸い海月クラゲ



 月。

 空を踊る星の名だ。



 端っこがほんの少しだけ欠けた月が、蜘蛛くもの巣に重なって見えている。



 ねぇ、こうは思えない?


 月が蜘蛛くもの巣に捕まっているようだって……。








【Page037】

―――――――――――――――

         Notturno of Stray Cat








「……っや、ん……あ…ん、っはぁ……」

 白いシーツに黒髪が踊る。

 アクチェが腰を揺らすそのたびに、彼女の体が強く跳ねた。


「……っん、やぁ…あ……もう、らめぇ……あっ、あぁ――――っ!!」

 これで何度目の絶頂になるのだろうか。

 肢体したいを割り裂くかのような少女の喘ぎ声が高らかになびく。



「やぁ、っん。……もう……おかしくなっちゃうぅ……っ!」


 膨らみきった乳房は唾液でてらてらと濡れており、全身の汗が球のように光っている。

 そこに、怪物を喰らう宇宙人の面影は無い。

 ただひたすらに少年を受け止めようとする姿があるだけだ。


「ぁあんっ! アクチェ、アクチェ……っ!」


 背後から思い切り貫かれようとも、両足を思いっきり広げられて女の源泉を舐めしゃぶられようとも、ただ懸命に少年の名を呼び続ける。


「……ひぁ、ん…っあ……ああ――――っ!!」


 高く、そして細い叫びとともにサーヤは果てる。

 濡れたサーヤの瞳は熱をおびていて、アクチェを見るや歓喜に細まる。


「…………」

 それを見下ろすアクチェは、対照的にとても冷静だった。


 ――彼女が果てるのは、これで何回目だろう。

 ぼんやりとアクチェは考えていた。



 

 体に絡みつく包帯。

 体を縛ってくる布。


 それはまるで――蜘蛛の糸のようだと。



 蜘蛛くもは、巣を張って、そこに絡んだ獲物を喰らう。


 アクチェも、きっと例外じゃない。



 アルガを喰らうサーヤ。

 アルガを秘めたアクチェ。


 この時点で、二人の関係は確定しているのではないだろうか?



 彼女は【いらない】と言ってたけれど、それでも食欲は抑えられるものではない。

 理性や道理など、本能という炎の前では枯れ枝に等しい。


 彼女だって飢えはおとずれる。

 アルガが無ければ体が腐り――いつかは死んでしまうのだろう。

【そのとき】が来たら――彼女はどうする?



 どうする?





「ぁあっ、ん…っは……やぁ、っん……」


 アクチェが動くたびに、サーヤの足の間で溢れる蜜がいやらしい水音を立てている。

 その音を聞きながらアクチェは思うのだ。


 これは夢なのだろうかと。

 きっと巣に捕らわれた獲物が、蜘蛛くもに喰われる前に見る夢だ。



 きっとそう。




▼△▼△▼




 ――しばらくして、ことが終わったあとの話。



 どおっと、シーツの海に白い波紋が揺れる。

 うつぶせのまま、サーヤの裸身が沈んでいた。


 なんというか、すっかり疲労で足腰が立たないという感じだ。

 床に散らばった包帯はところどころが千切れていて、二人の【激しさ】を物語っているかのようだった。



「……大丈夫?」

 その隣から、アクチェが尋ねてくる。

 疲れ果てているサーヤとは対照的にけろっといる。


 運動という分ではアクチェのほうがずっと激しいはずなのだが、彼からはまるで疲れというものが感じられない。



「なんか、いっぱい吸い取られた感じ……」

 枯れた声でサーヤがつぶやく。


(……あれ? ぼくが吸う方なの?)



 さっきの想像と正反対に話が流れているのも不思議な感じだ。 だからこそ人生は面白い。

 


「…………」

 ふと思い至ることがあって、アクチェはサーヤの手に自分のそれを重ねる。


「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「どんなこと?」


「サーヤのこと」



「…………」

 しばらく考えて、サーヤはつぶやく。


「ずっと、生きてきたの。擬態ぎたいして」


「……擬態ぎたい?」


「うん」



「…………」

 彼女の言葉に、アクチェはしばし考えてみる。


 冷静に考えてみれば、サーヤは宇宙人だ。

 地球生物の似姿にすがたをして生きていると考えるのが無難というものだ。




「ずっとって言ってたけど……いつから?」


「…………」


「何年くらい前?」


「…………」


「何十年?」


「…………」


 サーヤは答えない。

 しかしそれは【答えたくない】というより、【どう答えたらいいか分からない】という感じだ。


「ひょっとして、何百年も前とか?」


 サーヤは答えない。


「まさかジュラ紀?」


 答えない。


「カンブリア紀?」


 やはり答えない。



 恐竜のいた時代でも、バクテリアしかいなかった時代でもない。

 だとしたら――



「……もっと前?」


 こくんと、彼女はシーツをこすらせながらうなずいた。



「思ったより年代モノだね……」



「アクチェが言ってた。わたしの細胞組成は珪素シリコン生命のそれに近いって」



 人間を含む地球に住まう生物は炭素カーボンで出来ている。

 鉛筆やダイヤモンドを構成している、あの炭素カーボンだ。

 特徴として、ひどく短命なことがげられる。


 けれど珪素シリコンはとても長命だ。

 その寿命の差は花と樹――あるいはそれ以上に匹敵する。


 サーヤが本当に珪素シリコンで構成されているのならば、ひょっとしたら彼女は地球が生まれたとき――それこそ46億年以上も昔から生きて……。


 珪素シリコンで出来ているという点のみをあげるのならば、生き物というよりは鉱物に近いのかもしれない。 


 石、岩、鉄――あるいは星か。



「どんなことしてきたの?」


「無酸素性のバクテリアに寄生して真核生物になったりとか……」



「まるでミトコンドリアだね。……他は?」


「恐竜、かな?」



「ステゴサウルス? ヴェロキラプトル?」


「確か……T-REX」




「……ティラノサウルス?」




「……うん」


「……好物は牛肉?」


意外とティラノサウルスは女流社会で群れを成している。

並列処理能力――てきぱき仕事をこなすこと――に優れた脳を有している女性のほうが、集団を束ねるのに向いているのだ。



 記憶をめぐらすように、サーヤは言葉を探す。


「あとは、ネズミ、犬……それから――」




「人間?」


 アクチェの言葉に、サーヤはうなずいた。





「いろいろ試したんだ?」


「うん」



「どんなことが出来るの?」


「服を作ったり……あと、ある程度のものなら偽造できるわ」


「紙とか布とか革製のものなら?」


「……うん」


 そこまで言って、サーヤは無言になる。

 心なしか、心が沈んでいるように見えた。


「どうしたの?」



「……わたし、人間じゃない……」


 サーヤはゆっくりと体を起こして、一糸まとわぬその艶姿すがたをさらす。

 それはどこからどう見ても人間の女性そのものにしか見えない。


 だけど――人間じゃない。








「こんなことして……気持ち悪いよね……」


 ひどく自虐的で、潰れそうな声をしていた。




▼△▼△▼




 少し、時は戻る。

 それはまだ、ベッドの上で歌っているときのこと。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 熱をおびた下肚したばらうずきに酔いしれながら、サーヤの意識は甘い蜜でとろけていた。


 その上にかぶさっているアクチェは何か言うわけでもなく、ただ静かに彼女を見守っている。


「…………」

 無言のまま結合を解こうとして――伸びてきた細い手に止められる。


「そのまま……そのままでいて……?」


「……そう」

 少女の懇願ねがいに、アクチェは黙ってしたがった。



 そのとき、ようやくアクチェは気づいた。


 散々ベッドの海で泳いだ影響なのか、アクチェの体に巻かれていた包帯はすっかりほどけていて、まるでアクチェの分身のようにサーヤの肢体したいに絡み付いていたのだ。


 おうぎのように黒髪を広げ、白い包帯に絡めとられたその姿は――まるで蜘蛛の糸に捕らえられたアゲハチョウのようではないか。





 あれ?


 ひょっとして、蜘蛛くもはアクチェのほう……?





「お願い、離れないで……」


 息も切れ切れに、囚われの少女は告げる。

 それは貪られている者の言葉としては、あまりにも繊細すぎた。


「……ずっとここにいるけど?」

 アクチェが言っても、サーヤの表情は決して晴れない。



「わたし、本当にいいのかな? だってわたし……人間じゃないのに……」



 彼女は宇宙人で、人間を模倣もほうしているだけの生き物であって、アクチェとは根本的に違う生き物だ。

 まるで茶番劇。子どものごっこ遊び程度の享楽きょうらく。冗談としては、きっとひどく【たち】の悪い部類に入るのだろう。



 だからアクチェは、薄く笑う。

「そうだね。きっと人間じゃない」


「……っ」

 その言葉に、サーヤははっと息を呑む。

 あと少しでも刺激を与えれば、彼女は何もかも崩れ落ちてしまうだろう。



 だからアクチェは刺激を与える。


 サーヤの小さな顔にその手を添えて、まるで接吻せっぷんでもするかのように唇を寄せる。


 裸体に包帯を巻きつけて、その包帯で互いに縛り合ったその姿は、ひどく滑稽こっけいだ。

 まさしく茶番。



 今していることもまた――きっと茶番だ。


 だったら――





 アクチェは彼女に、低くささやいた。 




「きれいな月だよ」




 それからサーヤという海に身を沈める。

 指を走らせ、ゆっくりと彼女をうるおわせながら。






 だったら――精一杯たのしもうじゃないか。




▼△▼△▼




 時は流れて――数刻後の話。


 服を着こんで、ふたりは辺りをさまよい歩く。



 黒装束がゆらゆら揺れる。

 闇の中で影踊る。



「あの……アクチェ?」


「何?」


【黒装束】が答えた。「何?」と。

 


「どうしてわたしの服着るの?」


 そうなのだ。

 今のアクチェはサーヤの服を着ているのである。


 ……といっても、彼女のブラウスとコートだけなのだけれど。


「しょうがないよ。ぼくの囚人服ふく、もうボロボロだったし……」



 怪物と向かい合って血まみれになったとき、アクチェの服は血を吸った。

 ただでさえ薄汚れていたその服は海老色に固まっていて、もはや着れたものではなかったのだ。




「サーヤのほうが背高いから便利だね」


 手をすっぽり隠した袖をひらひら揺らしながら、アクチェは薄く笑う。

 10センチもの身長差のためか、サーヤの衣服のほうがサイズが大きいのだ。


 今のサーヤは、素肌に直接上着を着ている状態で、あとはスカートにブーツ。――なかなかの軽装だ。



 凍てついた通路をつかつかと歩く。

 足が床につくたびに、たまったほこりがふわりと揺れる。

 


「…………」

 アクチェは拳銃を抜いて、銃口下部のLEDライトの電源を入れた。


 闇を切り裂き、一直線に光が走る。

 一点の汚れも無き青白い光が照らすのは、黒濁こくだくの混じった暗い血糊ちのり



 扉を開けて、アクチェはその部屋を照らしてみる。横からサーヤものぞいてきた。


 光が映すのは事実。


 もはや拾われることまま転がっている、たくさんのトレイ。

 並べられているのは、すでに輝きを失った銀の手術器具。

 部屋の真ん中に置かれているのは――手術台か。


 何度も何度も使われたのだろう。台もその周りも血まみれで――少なくとも命を救うための手術でないことは明白だ。

 


(……? 見覚え……ある……?)



 アクチェのなかで膨らむ既視感デジャヴ

 だけどその正体が分からなくて、アクチェはゆっくりと扉を閉めた。



「ここからは二手に分かれようか……」

 言って、アクチェは左に歩く。サーヤが右。そうすれば効率もいい。


「――っ!」

 袖を引っ張られて、アクチェの体がつんのめりそうになる。


 サーヤが止めたのだ。


「……どうしたの?」


 アクチェが振り返ると、サーヤはぶんぶんと首を振る。


「行っちゃダメ」


「どこへも行かないよ」



 なだめるようにアクチェは囁くけど、それでもサーヤは頑として受け入れなかった。


「お願い。離れないで……」


 どうやら、怪物との一件のことに責任を抱いているらしい。



 彼女は、きっと怖いのだ。失うのが……。



 アクチェはため息をついて、彼女の手首をそっと包む。


「……トイレだけは別にしてね?」




▼△▼△▼




 ごぽ、と泡がうごめく音がした。

 カプセルに閉じ込められている水。

 水の色は、淡い青。



 研究所をさまよい歩いた先に見つけた部屋で、アクチェはこの青に釘付けにされていた。

 その隣で、サーヤがなんともいえない表情をしている。


 所狭しと置かれたカプセルや、置かれた端末から場所は実験室だろう。それも本格的な。 



 ガラスびんに映る半透明の顔――アクチェの顔。

 淡いブルーの輝きが、アクチェの顔を照らしていた。

 


「…………」

 アクチェは、これと同じものを見たことがある。



 リクシスが入っていたカプセルに満たされていた培養液ばいようえき

 あるいは、水槽一杯に浸された液体。



 ――アルガだ。


 人の生命エネルギーが寄り集まった高密度エネルギー体。

 サーヤの唯一の食糧でもある存在。



 アクチェはしばし考えて、右を指差した。


「サーヤ、そっち探して。ぼくはこっち」


「アクチェ……」


「探すくらいならいいでしょ?」


「…………」


「遠くへは行かないから。……ね?」


「…………」 

 納得とは言わないまでも、承諾してくれたのか、サーヤは黙って辺りを探し始める。



 ――つまみ食いしないようにね。そうアクチェが釘をさすとサーヤは「しないわよ」とはぶてた顔をしてそっぽを向いてしまった。 


 アクチェは苦笑しながら周りを物色し始める。



「…………」

 コンソールを操作すると、アクチェの目の前に二次元立体画像ブレグラフィが浮かび上がる。

 空中に浮かんだテレビ画面、といったところか。


 アクチェはまだ電源が生きているという確信を得て、端末から情報をいくつか引き出してみる。



 ――アルガ。

 ――パフューム。

 ――実験材料の囚人。


 誰もいない金星に、これだけの素材を集めて何を料理しようというのだろう?



 アクチェは、調査資料を調べてみる。

 この金星に搬送された実験体の記録を。



 貧困層の火星移民の軽犯罪者。

 木星や土星の戦争孤児。

 月で就労ビザしか持てず、地球に帰れなくなったホームレス。


 ……消えたところで誰も困らない人ばかり。

 いつだって、人の世には日陰者が多いのだ。



(……日の光よりも、月のほうが――蠱惑的こわくてきなのかな?)



 そんなことを思いながら、アクチェは記録を調べ続ける。



「……?」

 そこで見つける。

 

 ある実験体の記録情報。

 金星の実験場――つまりここで研究されていたというデータ。


 何より目を引いたのは――研究途中で【蘇生】してしまったという事実。




 再誕した人間。


 まるで――神の子イエス・キリストのようではないか。

 人の形をした、人非ひとあらざるもの。



 いったい誰……?



 表記されている名前は――






 Akcheアクチェ=Twinkleahティンクレア






 ……あぁ、なんと言うことだ。






 手術室で感じた既視感デジャヴはそういうことか?

 あそこで調べられていたということか!?


 それが生き返ったから実験で――あるいは思いつきで――囚人たちの中に飛びこませたというのか?

 記憶がなくなったことを良いことに!?


 アクチェは何かに駆られたように記録を調べ続ける。

 クリック、クリック、ウィンドウを広げて、閉まって広げて――



 いくつか分かった。

 分かってしまった。


 記録上は2244年に死亡。――およそ三年前。

 戸籍は地球出身。 2243年に火星に籍を移している。


 そこで立ち上げた会社が――T&N。


 アクチェ自身が作った会社。

 過去のアクチェが作った会社。



 住所は――メトロポリス。




 ――木星衛星イオの衛星砲台が壊されて、火星衛星フォボスの防衛基地が潰されて、火星の都市国家メトロポリスが滅びたの。




 反芻はんすうされるリクシスの警告ことのは


 背筋に氷塊ひょうかいを押しこめられたような、言いようの知れない悪寒が、アクチェの神経を蝕んでいく。

 メトロポリスで何があった?



 アクチェの背中に刺さる物音。

 それはサーヤが物色している音だろう。


 そうだ、サーヤ。

 サーヤは何をした?


 メトロポリスで何をした?



 ファイルから、T&Nの監視カメラ映像を拾い上げた。

 それをクリックする。


 開いた。


 音声はしんでいるしノイズもひどいが、それでも見ることは出来る。



 

 ――覚えてないの?




 リクシスの警告が頭の奥底から浮かび上がる。



 そして、二次元立体画像ブレグラフィから飛びこんできた映像は――




 

 ――あなたは、殺されたのよ?





 真実だった。




 どこかの研究室。

 散らばった書類や注射器の破片から、事態が尋常でないことがうかがえる。


 ましてや、人が喰われているのならば……。



 誰が喰っているのかは――ノイズごしでもすぐにわかった。


 癖の無い、長い黒髪。

 真っ黒いコート。

 服の上から二の腕に巻かれた包帯……。




 間違いようが無い。【彼女】は――サーヤだ。



 飢えたサーヤは無我夢中で少年の体を貪っている。

 喉を喰い千切り、心臓をむしり取り、内臓を掻き回している。


 思う存分に餌を食らっている姿が、アクチェの瞳をいていた。



 少年が何者なのかは――もはやいうまでもないだろう。



 間違いない。

 確定してしまった。



 アクチェは――サーヤに殺されたのだ。








「……アクチェ?」

 背中を叩くのは彼女の声。



 突然の声に、アクチェはコンソールを叩く手を止めていた。


「…………。何?」


 彼の声によどみはない。

 驚きもしなければ身じろぎすることも無く、まったく自然な態度そのものだった。



「なんか、気分悪そうだったから……」


「何でもないよ」

 冷静なタッチでアクチェはコンソールを操作し、映像記録のみを転送して――記録チップに焼き映していく。



 情報チップを抜き取って、親指と人差し指の間に挟む。

 貴重な情報。

 サーヤがアクチェを殺した――決定的な証拠。




「…………」

 アクチェは無言のまま、チップを見下ろす。

 彼の瞳からは、何も察することが出来ない。


 彼はこれを――どうするつもりなのだろう……?




▼△▼△▼




「こんなことして……気持ち悪いよね……」




 かくして時間は舞い戻る。



「あれ? まだ気にしてたの?」 

 アクチェの答えは、わりとあっけらかんとしたものだった。

 


「【まだ】って……」




「そんなに悩むことないんじゃない?」



「だってわたし……人間じゃないし……」



 まだ納得しきれていないサーヤの姿に、アクチェは思わず苦笑してしまう。




 サーヤのほうからやってきて、サーヤのほうからアクチェを襲って、サーヤのほうから口説いてきたはずなのに……いざアクチェが迫ったら怖気ずく。



 そうやって迷っていることこそ、人間そのものだというのに……。



 薄く笑うアクチェは、サーヤの髪を優しくでる。


 アクチェは何でもないことのように、ポツリと言葉を――




▼△▼△▼




 その言葉を思い出しながら、アクチェはチップを――


 おそらくは唯一の証拠を――



 何のためらいもなく指でし潰した。





 サーヤは宇宙人だ。


 サーヤはアルガを喰らう生き物だ。


 サーヤは飢えている。


 サーヤはアクチェを喰らった。







 そんな彼女に、彼は何と言ったと思う?


 こう言ったのだ。











『だから?』





  -BLACKBOX-

―ブラックボックス―





Notturno of Stray cat――はぐれ仔猫の夜想曲

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