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【Chapter:01 Page099】

【BLACKBOX】

1.――航空事故を起こす前の通信記録を保存できる飛行記録装置(別名:FDR)







【Page099】

――――――――――

    夜魔の王のアリア




 ――西暦2247年。

 地球のひとたちは生活の場所を太陽系へと手をのばし、たくさんの資源と土地を取得していた。


 2万1287mを誇る太陽系最大のオリンポス山がそびえたつ火星。

 ヘリウム3などの次世代エネルギーに満ちあふれた月。

 61個もの数多い衛星を手中におさめている木星。

 

 そして――それは同時に無数の新興勢力くにを作るきっかけとなった。


 地球と月と火星の太陽系連盟。

 木星や土星などの外惑星連合軍。

 天王星の太陽系内外監視機関。


 国家。

 企業。

 宗教。

 私設団体。

 研究機関。


 大小さまざまなグループの数は――それこそ星の数。 


 それが舞台。

 それが未来。

 それが世界。



 これから始まる物語おはなしは、ある少女が世界を敵にまわすきっかけになる――


 ある少年の物語……。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼  




 _______________ 

 2247年4月15日 AM22:38

 REU ドイツ シュターデ


 リアル・ヨーロピアン・ユニオン。通称REU。

 ヨーロッパ地方の各国家が同盟関係を結び、いまや世界最大の海運業貿易国家とのぼりつめている国である。

 次世代環境対策に貢献しており、また医療福祉の発展や社会福祉の充実など、地球だけではなく人間にも優しい国といえるだろう。

 そして、ロボットの人権が認められた貴重な国でもあり、福祉のもっとも進んだスウェーデンでは、たくさんのロボットがこの国で個人の権利と財産を手に入れている。

 まさに、理想の未来国家といえるのではないだろうか。


 ロボット産業がもっとも進んでいるのが――ドイツ。

 そのドイツで一番活気あふれる港町に、月の光は届かない。

 まばゆいばかりの人工つくりものの光が、闇を押しつぶしているからだ。

 フールスビュッテル空港フルークハーフェンも、ハンブルク市立美術館ハンブルガー・クンストハレも、超高層ビル群も、そのすべてが、輝きという名の宝石でちりばめられている。


 そんな中で、いまだ前世紀の原形をとどめている小さな街――シュターデ。


 レンガ造りの家や石畳の道路。

 いかにもヨーロッパ調の古めかしいつくりだけれど、ところどころに浮かぶ立体映像投射装置キュビグラフィが近代都市の一部であることを物語っている。 

《――もしも自分に自信がなくなったら【才能銀行】へ。あなたに新たな可能性と未来を――》 

 有名な女優が、電子映像の笑顔とともに世界に宣伝している。才能銀行という存在を。

 

 その下を歩く、少年少女がいた――



 第一印象は――不思議。


 少女は、漆黒の長い髪。

 それとは対照的に、死人のように白い肌。 

 瞳の色は――人という種にはありえない色――赤。

 目の下には、三日徹夜したようなクマが染み付いていて、瞳は少しばかり曇っている。

 

 すそをひきずるほど長いコートと、同様に長い外套マント

 足元は分厚いスカートとコートと外套マントに隠れ、腕は長い袖にまぎれて手すら見えない。高い襟唾えりつばが首元どころか喉元のどもとまでをすっぽり隠しきっているので表情が見えない。

 だけど胸元や腰元はしぼられて、すこしだけ体のラインが浮き出ている。

 両の腕に、袖の上から包帯をくるくる巻いていて、それが風になびいて少女の非現実性を強調している。


 服の色は夜とワインを吸ったような、赤とも黒ともつかぬ色。

 その姿はまるで魔女。


 レンガ立てや木組みの家が立ち並ぶその街は、彼女によく似合っていた。近代都市からかけ離れた、奇妙な存在……。



 少年は、羽のようにふんわりとしたショートヘア。

 丸い瞳に、低いけど形のよい鼻がちょこんと乗っかっている。


 細い骨格と低い背丈のせいか、女の子みたいにかわいらしい容姿。

 それに反するかのように、カーゴパンツにファー付きジャケットと男の子っぽいワイルドな服装。

 それに表情は硬いような、あるいは老人のように力なく、どこか若さが感じられない。



 過去みたいな少女と現代らしい少年が、未来の町をとことこ歩いてる。



「重くない?」

 少女が、となりを歩く少年にたずねる。少年は旅行用のかばんを肩にさげていて、そのままの状態でずっと歩いているのだ。長い時間を。

「…………」

 少年は無表情に少女を見つめて、すぐにそっぽをむいてしまう。 

「……ん。……別に」

 表情に変化はない。言葉だってそっけない。

 だけどその声には――いつも気持ちが詰まってる。


「……そっか」

 だから少女は、いつも微笑む。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼  



 それから時はすぎて――

 時刻はすっかり深夜。


 にぎわう観光者の声も、お祭りにさわぐ声もない。

 すっかり寝静まって、闇が光を押しつぶしている。

 夜闇で塗りたくられた、もの寂しささえ感じさせる町なみを歩く少女が、ひとり。


 それは夜にクマのぬいぐるみを抱いていた少年といっしょにいた少女だった。

 だけど今は少女ひとり。


 満月フルムーンの光が――時代から取り残された街を、照らす。

 ゆらゆらゆらゆら。星がゆれる。

 ふわふわふわふわ。空がうたう。


 十字路の石畳を踏み鳴らしながら、少女は歩いていく。

 空の明かりが石畳に影を落とす。

 その影が、別の影と重なった。

 少女が顔を上げてみると――斜め横の歩道から歩いてくる影が、見えた。

 夜のせいで顔はよく見えないけれど、どうやら少女より少し年上の女性のようだった。

 その女性はふらふらとした足取りで少女を横切っていくと、そのまま向こう側の歩道へ消えていった。


 ――どうかしたのかな? 何かあったのかな? 

 

 そんなことを思いながら少女は歩いて、十字路の真ん中まで足を伸ばして――



 い き な り 殺 さ れ た 。


 

 突然の衝撃吹っ飛びながら、石畳に何度も身体を打ちつけながらごろごろ転がって、壊れた人形のように手足を投げ出して倒れたまま動けなくなってしまう。

 見開いたままの瞳で少女は世界を見やり、ようやく自分が車にかれたのだと気がついた。

 車 の ラ イ ト は 消 え て い る 。


 つまりは意図的。

 つまりは計画的。

 すべては打算。 


 車――装甲車から出てくるたくさんの兵隊。

 数にして約10名――分隊レベルの数だ。

 一糸乱れぬ、機械じみたその動きは統率が取れていて、おそらくはどんな行動にも躊躇ためらいなどしないだろう。彼らの目がそう語っている。

 それがたとえ、殺人であろうとも。


 彼らが持っているのは、一兵士が持つにはやや大仰おおぎょうな対戦車ライフル。

 肉厚の銃身から放たれるだろうその弾丸は、分厚い鉄板だろうとやすやすと引き千切り、いかなる堅牢けんろうな壁も打ち砕くだろう。

 恐竜だって食い殺せそうな狂気。


 その銃口が――少女に注がれる。


 戦車すらをも粉砕する絶対の破壊力が、けして頑丈とはいえない少女一点に集中している。

 しかも装甲車にひき潰されて瀕死寸前の少女に、だ。

 

「……う……あ…………?」

 言葉になっていない声をあげながら、少女はまだ動く関節をどうにか動かして上体だけでも立ち上がらせる。


 リーダーと思しき軍服の男が、腕を上げる。

 その合図サインは――射殺せよファイア


 ひとつの銃口から、巨大おおきすぎる50口径弾丸が発射ソロ。  

 ひとつの銃口から、発射ではなく連射コーラス

 銃口の数は、数多オーケストラ


 銃弾の行き着く先は、少女。

 逆扇形に注がれる、純粋なまでの暴力。


 鋼鉄の牙が少女を音速で喰い千切る。少女ごと石畳がえぐられていく。

 撃たれたところに穴が開くなんて生易しいものではない。撃 た れ た と こ ろ が 完 膚 な き ま で に 消 し 飛 んで い く 。

 咀嚼そしゃくの音は、驚くほど静かなものだった。おそらくはサイレンサーを装備しているのだろう。

 こんな大砲みたいな対戦車ライフルにも、サイレンサーは効くものなのだろうか。あるいはそれだけ性能がいいものなのか。


 もはや手足の感覚もない――もはやそんなものが存在するかすらもわからぬ、ただの肉塊に成り果てた少女にむけられたのは――


 さらに大きな筒。


 装甲車から向けられた――対戦車ミサイルの砲塔だ。

 目標を打ち抜くのではない。目 標 を 完 全 粉 砕 す る た め の 存 在 。

 もはや装備がおおげさだとかそういうレベルの問題ではない。も は や 狂 っ て い る 。

 

 しかし、兵士たちの眼に狂気は無い。あるのは、ただ忠実に命令を実行する、軍人としての忠義だ。

 だ か ら こ そ 狂 っ て い る と い え る の か も し れ な い 。


 まだ形を残している少女の目玉が――すっかり乱れた前髪の隙間からゆらりと世界をのぞく。

 息も絶え絶えに、それでも渾身の力を振り絞ってそれを見る。見 な け れ ば な ら な い 。


 自分を今にも焼き殺さんとする大筒おおづつの奥――地獄の釜を。

 再び振り上げられる、軍人の合図。

 




 釜が、火を、噴く。





 これまでの一斉掃射とは比べ物にならないほどの音が――爆音が、十字路を中心に荒れ狂う。

 爆発という名の赤い花が咲き乱れ、衝撃で周りのガラスが驚き、砕けていった。

 燃え上がる灼熱とは対照的に、転げ落ちていくガラスは涼しげな音色を奏でていく。


 こんな大惨事にもかかわらず、何の騒ぎにもならなかった。人ひとり出てこない。

 おそらくは【こと】を起こす前に軍が話を通していたのだろう。この街全体そのものがグルなのかもしれない。


 十字路で燃え盛る火の海を、さも他人顔で見つめる兵士たち。

 それどころか、任務終了とばかりに戻る準備までし始めたではないか。まるでタイムカードを押す会社員のように。ごく普通に。


「意外とあっけない仕事だったな」

「あれが本当に公共の敵パブリックエネミーなのか?」

「哀れだな、まだ若いだろうに」

「白馬の王子がおとずれるのを願えば、いつかこの世に舞い戻れるさ」

「――そんな偽善者がいれば、の話だな」

おとぎ話フェアリィテイルとしちゃア、出来が悪すぎる」


 ケラケラとあざ笑いながら、軍人たちは車に乗りこんでいく。


 わらわらわらわら。火が揺れる。

 火の海の中に、少女の姿は見えない。

 おそらくは、爆発の瞬間に、意識が途絶えたのだろう。 








 そ し て、目 覚 め る 。





 何かが震える音がした。


「……?」


 それに気づいてか、撤退の準備をしていた兵士たちは足を止める。

 しかし、何も無い。幻聴か……?

 わらわらわらわら……。


 再び、震える音。


 ほかの兵士たちも気づき始めて、辺りを見回してみる。だけど何も無い。

 何かの音に似ていたような……。誰かがそんなことを言い始めた。

 わらわらわらわら……。


 再び――


 ここで、正体に気づいたものがいた。

 そうだ……。

 わらわらわらわ

 


 心 臓 の 鼓 動 だ 。



 炎が、震えた。

 古来より人を恐れさせてきた炎が、だ。



 それまで機械的だった彼らがはじめて浮かべた感情――それは恐怖だった。

 風に揺れる草原のように歌う炎の海を見つめて、彼らは唖然と呆然と慄然りつぜんとしてしまう。

 



 だって、

 だって――



 炎 か ら 人 が 出 て き た ら、誰 だ っ て 怖 い だ ろ う ?




 真っ赤な草原から立ち上がる、黒装束の少女。

 黒いコート。黒い外套マント

 アリエナイ。

 こんなことありえるわけがない。

 どうして炎が燃えうつらない?

 ど う し て 彼 女 に は 傷 ひ と つ な い ん だ ?



「無理よ……」


 初めて、少女が口を開いた。

 絶対的な、断言するかのような――それでいて諦観かなしみのこもった声。


「頭に食い込むいばらかんむりも、手の平を突きぬけた釘も、内臓をえぐる槍の穂先ロンギヌスも――わたしには効かないの」


 兵士の返事は、意地だった。

 再び放たれた最大火力――対戦車ミサイルが少女に突き進み、再び業火をあびせたのだ。

 空気が割れ、壁が打ち震え、炎が吹き上がる。

 少女の姿が見えなくなって今度こそ死んだかと、兵士たちは安堵の息をもらす。

 それが間違いだと気づくのはすぐだった。


現代兵器そんなものじゃ、わたしは殺せない」


 炎の海から姿をあらわす漆黒――それは何?。

 鉄をも溶かす灼熱の海から、何でもないかのように涼しい顔をして現れる。


「わたしはね、白馬の王子様を信じられるような歳じゃないの。だって そ ん な お と ぎ 話 が 出 回 っ た こ ろ か ら わ た し は 生 き て い る ん だ か ら 」


 呆然とする兵士たちは、問うていた。

 あれは何だ?

 何という存在だ?

 何と定義すればいい?


 幽霊?

 悪魔?

 魔女?

 怪物?


 未来になってもなお、科学によって闇を克服してもなお、消しきれない闇がそこにあった。


「わたしはきっと――黒馬に乗った首狩り騎士デュラハン魅入みいられたんだわ」


 質 量 を 持 っ た 闇 ――それが彼女だ。


 兵士たちはいまさらながら実感していた。

 兵士たちはいまさらながら後悔していた。

 兵士たちはいまさらながら恐怖していた。


 彼女は敵に回してはいけない存在だったのだと。

 科学や暴力をもってしても、彼女にはけして勝てなどしないのだと。



 ――これを第三者的に見ているものは、気になる要素がおそらくたくさんあるだろう。


 この兵士たちは何者なのか?

 なぜ、少女を付けねらうのか? 

 そもそも彼女こそ何者なのか?


 しかし、今注目するべきはそこじゃない。

 問題なのは、兵士たちが彼女を殺そうとした事実。

 それに失敗した事実。

 そして――


 彼 女 を 怒 ら せ て し ま っ た と い う 事 実 だ 。




「お前は何者なにものだ!」

 兵士のうちの誰かが、そんなことを叫んでいた。

 それは勇気でも蛮勇ばんゆうでもない。ただの混乱と本能が引き起こしただけの疑問でしかない。

 少女は、それを嘲笑するわけでも呆れるわけでもなく、なんでもないことのように告げた。

「…………。悪者わるものよ……」


 そして、彼らは気づくことになる。

 自分たちが【見られて】いることに。

 少女の眼に【見られて】いることに。


 少女の―― 全 身 か ら 浮 か び 上 が っ て い る 眼 に 。


 少女の外套マントに塗りたくられた影から浮かぶ、無数の眼。

 その虹彩の形はアーモンド形で、さながら猫の目のようだった。

 しかし、真っ赤な瞳とあまるにも不気味すぎるそれは、猫とは似ても似つかない。

 そういえば、猫は悪魔の化身といわれていなかったか?


 眼、眼、眼、眼、眼、眼、眼……。

 見、見、見、見、見、見、見……。


 兵士たちは、その気味悪さに圧倒されてあとずさる。

 さらに、知ってしまう。知ってしまった。

 街を包む影が、闇へと昇華していること。

 その闇から浮かぶ、真っ赤な眼、眼、眼……。

 空気はよどみ、生ぬるい退廃の香りがただよってくる。

 世界から、光が消えていく……。

 兵士は必死に――まるで虫のようにみじめに――光を捜し求める。

 そして頭上の輝き――月に祈った。

 しかしてその祈りは絶望に換わる。  

 世界を照らしていた満月は、世界を嘲笑する――大きな大きな眼球メダマになっていたのだから。

 紫色の薄気味悪い空の下、全身から目玉を浮かべた少女は――最後のことを告げた。





「そして、わたしは――……世界の敵」


 


 それは、絶望という名の宣戦布告。


 それを契機けいきに、すべての目玉が津波のように彼らをおおいかぶさった。

 

 眼が、眼が、眼が、眼が……眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が眼が……………………。


 悲鳴も銃声も足音も――何もかもを蹂躙のみほしてみ砕いて消し去って――


 やがて、炎が燃えつきたころ……。

 十字路に残ったのは――少女ひとり。

 あとにはなんにも残っていない。



 時刻は深夜――そう、丑三うしみつ時。

 バケモノがはびこる時間。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼  



 フェンフブレンナー・ホテル・アトランティカは、ハンブルグの一角に存在するホテルであり、あらゆる戦争による破壊をまぬがれている。

 歴史的建造物のひとつであり、古風なおもむきがあるが、それと同時に当世風とうせいふうでもある。


 とある部屋のベッドで、少年は寝転がっていた。

 瞳は閉じたまま、動こうとしない。眠りと意識の中間地点にいる、といったところか。

 贅沢なつくりの部屋であり、置かれている家具も、ちょっとした備品も、その全てが最高級品だ。

 ほどよいデザインのおかげで、悪趣味になることなく落ちついている。

 絹のベッドの上で、少年は仰向けになっていた。顔立ちのせいか、とても子供っぽく見える。

 だけどその姿は――裸だった。

 

 白磁の肌。

 浮かび上がった鎖骨の下で、呼吸とともに胸が上下している。

 女の子のように見えなくもないが、かすかに浮かんだのどほとけに薄い胸、かたい体つきが男の子であることを証明している。 

 

 ぞんざいにかぶせている毛布が、さらされている肌のところどころを隠していた。

 月明かりに照らされたその姿は、一枚の絵のように美しい。

 どこか艶やかで、それでいて無垢さを残した、未成年特有の空気をまとっている。



 ゆい……。ベッドのスプリングがきしんで、少年の寝姿に影がかぶさる。

 月明かりの重みが消えたからか、少年はぴくりと反応する。……ただそれだけ。


 だけど、近くにいたなら感じ取れるだろう。

 少年の筋肉に力が入ったことを。

 心臓の鼓動が、少しだけ速まっていることを。

 かすかに息を止めていることを。 


 それは【何か】がおとずれるのを待っているかのようだった。

 たとえば――……



 蒼い光が、ベッドにやわらかい影を落とす。

 その影の上に、四つんばいになっている影。

 影がゆっくりと降りて――影と重なる。

 

 それは口づけによく似ていた。


「…………」

 かすかな吐息とともに、影はゆっくりと顔を上げる。

「重くない?」

 いまだ少年の上にいる影が、ささやきかける。

 曲線を描いた裸身に薄布を羽織っただけの姿で艶っぽく、だけど無邪気に微笑みかけた。

 細い指先が少年の腕をなでて、やがて少年の手に届くと、嬉しそうに指と指のあいだに自分の指をからめた。


 少年は、かすかに丸い瞳を開く。

 そして、答えた。

「ううん。……別に」

 表情に変化はない。言葉だってそっけない。

 だけどその声には――いつも気持ちが詰まってる。


「……そっか」

 だから少女は、いつも微笑む。



 はらりと薄布がこぼれて床に触れる。

 静かに、肌と肌が吸い合う音が聞こえた……。







 少女の名前は、サーヤ=ネストーム。

 この物語の主人公ヒロインであり――世界の敵である。











 これから始まるのは、そんなふたりの出会いの物語……。





  -BLACKBOX-

―ブラックボックス―



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