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【Chapter:01 Page026】

 ――嘘だ。こんなの……。





 アクチェは、誰に言うわけでもなく、そうひとりごちていた。


 自身が斬られたのは、自覚できていた。

 そのまま、背中から倒れこんでいく自分の体の感覚も理解出来わかっていた。

 まるで飛び降りているかのような、奇妙な浮遊感。


 何で斬られたのかはわからない。そもそも、誰が斬ったのかも。

 全てが突然の出来事で、何もわからない……。

 



 ……覚えてないの?


 あなたは――殺されたのよ?




 リクシスの言葉が、頭の奥裏おくうらから笑いかけてくる。

 ――とりあえず黙ってて、と返事をしておいた。正直それどころではないから。



 珠玉しゅぎょくが、アクチェの目の前でゆらゆら浮かんでる。


 ……自分の血だ。

 成熟した人体に含まれる血の総量は、約5リットル。

 今まさに、その5リットル分が全て抜け落ちていくかのような感覚におちいっていた。

 血が抜けたら、待っているのは――


 ……死ぬのかな? と、彼は思う。

 それからすぐに、それは嫌だなぁ、と死神の誘いをやんわり断った。

 次に誘いがきたら、頭蓋骨あたまをもぎ取ってバスケットボールにしてやると脅しておこうと、固く誓っておく。



 なおも浮かんでいる赤いたま


 まるで綿毛のように、水母クラゲのように――そして月のように。


 たまたまたま……。


 魂響たまゆらの音色を子守唄にして――


 アクチェ=ティンクレアの意識はゆっくりと白濁していった……。






【Page026】

――――――――――――――

       Cannibalism Carnival







 ここで、物語を別のページに移そう。





「エグいことするな……」


 アクチェがつぶやいた。


 いな。それはアクチェにあらず。

 しかし声はたしかにアクチェそのものであった。

 しかし、彼はアクチェではない。


 輪郭がはっきりとしない世界。まるで、ピンボケしたカメラごしに見ているような風景。

 場所は野原。いてついた空気のせいで、草木が――枯れ果てた大平原。

 大地を埋めるのは草でも花でもなく――死体だった。

 死体死体死体……。


 口腔こうくうをあけて天を見上げる死体。つかめぬ何かを求めて虚空に手を伸ばした死体。何かを守るようにうずくまった死体。


 おびただしい数の死体が、地平線の果てまでずっとずっと続いていたのだ。

 そして、その中心には―― 



「黙って……」



 明らかな敵意。

 背まで伸びた、闇を溶かしたような黒髪。 

 漆黒を染みこませたようなドレス。

 失意と絶望を煮詰めて塗りこんだような濃いくま


 それは間違いない――サーヤ=ネストームその人だ。


 彼女が、かつてアクチェの夢にも現れ、そして現実にも出会った彼女が――そこにいた。




「言いたいことがあったらはっきり言えば?」




 この物語の彼女は、かつてのアクチェに見せた弱々しい表情ではない。

 呪うとも憎むとも悲しむともつかぬ感情をない交ぜにしたような目で、じっと彼のことをにらみつけていた。


 言いたいことが――とは言うものの、言ったらどうなるのだろう?

 彼女にしてみれば何てことはない、ただの質問なのかもしれない。


 だけどもし、彼女を不快にしてしまったら?

 もしも怒らせたら?


 ――ここの死体の仲間入りをすることになるのだろうか?



 アクチェでないものも、きっとそれは承知のはずだ。

 黙っているのがその証拠だ。

 彼はきっと、当たり障りのない質問を探り、吟味ぎんみしているに違いない。


 しかしそうしている間にも時間が過ぎていく。それに比例して、彼女の退屈と不満もつのっていく。 

 だからその前に、彼は首をはねられるギリギリのところで答えを拾い上げる。




 そして真剣な口調で――言った。




「……スリーサイズは?」





 ……はい?







▼△▼△▼







 ――そうして物語はアクチェの手に戻る。



 意識を取り戻したアクチェは、開口一番につぶやいた。


「何? 今の夢……」


 なんというセクハラ。

 ある意味すごい内容だったとも言えるし、何だあれと小馬鹿にすることも出来る余興でしかなかったとも言えるだろう。


 少なくとも、今はその審議しんぎをしている余裕はなさそうだ。


 アクチェの腕から、じゃらりと金属のこすれあう音が鳴る。

 当然のことだが、アクチェはアクセサリーのたぐいはつけていない。囚人という立場上と個人的嗜好しこうの相違という理由の相乗効果そうじょうこうかゆえに。


 ではこれは何の音か?


(鎖かぁ……)


 そう、鎖。

 アクチェの腕では手首で交差され、その部分を鎖でがんじがらめにされて吊るされているのだ。今なら、ハンガーの気分が理解できるかもしれない。


 そして、寒い。

 どうやら冷蔵庫の中らしい。

 周りを見てみれば、似たようなものが吊るされているではないか。


 それは――

 


(肉……?)



 そうだ。


 牛の肉。豚の肉。とりの肉……。

 皮をがされ、手足を切り取られ、赤い筋と肉と、白い骨と脂肪をむき出しにしてはずかしめられているではないか。

 それらが薄暗い正方形の空間に、均等に同列に――まるで物差しで計ったかのようにきっちりと吊るされている。

 アクチェは――その肉たちの一部になっていたのだ。

 まるで供物くもつだ。さしずめアクチェは山羊ゴートというところだろう。いや――まだ子供キッドだから子羊キッドか。


 ここは金星。ここは刑務所。宇宙のどん底。畑も牧場もあるわけがない。

 しかし科学はある。

 これらは人工培養エリアで作ったのだろう、クローン動物。

 遺伝子操作生物の安全保障など囚人には皆無。むしろ食って死ねと言わんばかりに押し付けている。


 ようやくアクチェは、ここがどこかさとる。 

(食糧生産プラントだ……)


 こういうシステムの操作は、たいてい弱小グループの囚人が貧乏くじを引くように出来ている。

 人間としての底辺層を生きる囚人であろうと、グループという枠からは逃れられない。

 学校の教室と同じで、群れているグループと弱い連中がいるものだ。


 群れている連中はえてして頭が切れる。自分の力を引き出す方法と相手の力を有効利用する知恵を知っている。

 そして弱い人間は――たいていが自分のことしか考えられない。一人だから弱いのだ。


 罪を犯した者は、たいてい弱い人間だ。

 グループでの行動に対応できない生き物。

 やりたくないことをやらされることに、耐えられなかったから。

 

「…………」

 アクチェは、改めて考えてみる。

 グループ活動に対応できなかった人間が人の道を外れ、囚人というグループの中でしいたげられる……。




 ……じゃら。

 鎖の音がして、アクチェは耳を済ませた。


 ……じゃら。

 なんだろう?


 ……じゃら。

 自分の鎖じゃない。


 ……じゃら。

 吊るされた肉塊を見てみるけれど、どれも揺れた気配はない。


 ……じゃら。

 ――違う。


 ……じゃら。

 揺れる音じゃない。


 ……じゃら。

 鎖を引きずる音だ。


 ……じゃら。

【誰】か来ている。


 ……じゃら。

 ここに来る!


 ……じゃら。

 ――【何】が?





 薄暗い箱の中。

 光のとぼしい空間に影が差しこむ。


 吊るされた肉塊に伸びてくる、汚れた手。

 しわの隙間に年月をかけて染みこまれた黒ずみ。変色しきった爪と指の隙間に埋まっているのは何の肉なのか。

 吊るした肉が幕のようになっていて、相手の姿をうまく隠している。おかげで、相手の正体がまるでわからなかった。

 凍りきった白い吐息を吐いて、ぬうっと顔が出てくる。――だけどそれは相手の判別の役には立たなかった。

 

 だって皮袋をかぶっているから。

 年齢や顔の特徴がまるで分からない。

 だけど、わずかに開いた穴から見えるその目はひどく充血していて、爛々(らんらん)と輝いている。まるでどす黒い太陽のように。

 正気でないことだけは、よく分かった……。


 その太陽メダマが、ぎょろりとアクチェのひとみ視姦みあげした。


 互いが互いの存在を意識する瞬間。


「……っ!」

 アクチェは、改めて考えてみる。

 グループ活動に対応できなかった人間が人の道を外れ、囚人というグループの中でしいたげられる……。


 そういう人間が考えることって、どんなこと……?




  -BLACKBOX-

―ブラックボックス―




Cannibalism Carnival――人喰いの宴

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