【Chapter:01 Page019】
それは、とある部屋。
部屋の隅に転がっているのは、死体の山。
そして、そのそばには比較的新しい――若い死体。
手足をその場に投げ出しているそれは――首から先がなかった。
誰がどう見ても見間違えようのない死亡。
では…………どうしてその死体の指が動くのだ?
近くに人がいたら、その光景に恐れおののいただろう。
死体の手足がびくびくと震える。
首がガクガクと激しく揺れる。
首から先は、何もない。
違う! 白い骨が生えてきている!?
まるで若芽から次々と葉が芽吹いていくように、みるみる骨が形成されていくのだ。
やがて、標本のように見事な頭蓋骨が形を成した。そしてそれを包むかのように、赤い筋肉と青い神経が張りついていく。黒い眼窩には二個の目玉が現れ、感情が生まれたかのよう。
そして白磁のごときすべらかな皮膚がすべてを包み込み、毛髪が伸びて、まるで少女のような幼く、かわいらしい顔立ちが姿を現した。
「…………」
少しだけ、少年は顔をしかめる。その動きが、この頭はマネキンなどではない、本物なのだと実感させる。
そのまま、何事もなかったかのように上体を起こす。
彼の全身には傷ひとつとして残っていなかった。まるで宝玉か何かのように。
なんということだろう。頭を潰されてもなお、少年は死へと逃げることを許されないのだ。
「こういうの……ラッキーっていうのかな?」
とりあえず、前向きにとらえられるだけ少年には救いがある。
あたりを見回してみる。あのネズミもどきがどこにもいなかった。気がすんで帰ってしまったのだろうか?
困ったな、と少年は思う。さんざん反抗してしまったのだ。かなりの恨みを買ってしまっているに違いない。このまま戻っても怒りのはけ口になるだけだし、何より面倒くさい。
意外と軽い悩みかたで、少年は今後のプランを考える。
さてどうしたものかと考えながら外へ出た――そのとき。
天井が壊れた。
「――っ!?」
正確には、この表現は適切ではない。
詳しく説明するならば、天井のパイプが弾け飛んだのだ。内部からの圧力によって。
つまり、水が沸騰したのだ。
パイプの隙間から蒸気が漏れ出し、ものすごい勢いで通路に広がっていく。
あっという間に蒸し暑い霧に包まれ、周りが見えなくなる。目の前の手すら見えないほど濃密に。
「服が湿るんですけど……」
どうでもよさそうにつぶやいて、少年は目を細めながら歩いていく。これで壁にぶつかったらコメディだ。
慎重に歩いて、今までの記憶と照らし合わせながら歩を進めていく。
これならどうにか――
りらりらりらりら……。
「……?」
背中から感じる何かに、少年は振り返ってみる。そのゆっくりした動きから「何? 小バエ?」程度の警戒心であるのは明白だ。
――特に何もない。というか何も見えない。霧が深いせい。
「気のせいかな……」
つぶやきながら、もう一度正面を向く。
いた。
「あ。」
少年は、間の抜けたひとことをつぶやく。
目の前に、闇がいたのだ。
長い髪。赤と黒を混ぜたような服。腕に巻きついた包帯。
霧のせいでぼやけているけど間違いない。少年が拾ったあの少女だ。
それが、いる。少年の目の前に。
「…………。オハヨウゴザイマス?」
とりあえず、挨拶してみた。小首をかしげながら。
この少年、さっきから緊迫感というものに欠けている。もっと焦れよ頼むから。
「…………おはよ」
少女も挨拶した! 意外と流されやすい性格らしい。
「ひさしぶり。アクチェ」
少女は、笑みとともにつぶやく。聞きなれない言葉をそえて。
「アクチェ……って誰?」
「……? 忘れたの? あなたの名前よ?」
ぼそぼそとした口調で、少女は話しかけてくる。
それにしても――
名前? それは刑務所の中で、久しく忘れていた概念。
それに少年には、そんな名前で呼ばれていた記憶がない。何より、少女にそんな名前で呼ばれるような理由など。
「……よかった。わたし、会いたかったの。ずっと……あなたに……」
なのに少女は嬉しそうに笑う。大人っぽい顔立ちにそぐわぬつたない口調とともに。
それは、ネズミもどきのときのような残酷な表情とはまるで違う、親しい相手だけに捧げる気持ち。
「約束、果たしにきたの」
「……やくそく?」
残念ながら、そんな密約をかわしあった記憶もない。少年には、何がなんだかさっぱりだった。
だけどもともと感情が表に出ない性格なので、少女にそれをさとられることはなかった。
嬉しそうに、少し照れるように少女は、少年の耳元に唇を近づけて、そっとささやく。
その内容に、さしもの少年も、目を見開いて驚かざるをえなかった。
「あなたを殺すの」
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The Golden Age of Grotesque
怪物の黄金時代がやってくる。