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音のない世界  作者: 横須賀かもめ
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何のために⑧

 少しはあるのだろう、プロ棋士としてキャリアを積んだ勝負に対するこだわりが。

 これが棋士の本能なのかもしれない。

 こんな事があったと、泰斗に話したいと思った。

 かけがえのない親友に。




 自分であって、自分ではなかった時間が、対局二日目の午前から昼休憩のこの時まであった。

 今は、ちゃんと自分である。

 自分自身であると、確信する。

 うどんを食べ終わり、控室を出て対局場に向かう。

 外の雨はまだ土砂降りだ。

 対局場に入り、盤面を見る。

 何手か指していることに驚く。

 自分の力を超えている?




 そんな期待をしたが、盤面を見る限りは、いつもの自分のレベルの手だ。

 指した手の意味を説明できる。

 それでも、自分だけど自分じゃない自分が指している。

 俯瞰で自分を見れるようになった。

 この対局は、自分の中で様々な事が起こる。

 今までの、棋士人生でそうそうなかったことが。

 俯瞰で見れるという事は、冷静になって来たという事だ。




 冷静なだけではダメだ。

 冷静であり、心が燃えている状態でなければ‥‥‥。

 良い状態だと思う。

 これで勝負に勝てるとは言い難いが、勝負は出来ると確信する。

 戦いの場に再び足を踏み入れる。

 結果は見えているかもしれないが、最後まで諦めずに立ち向かう。

 それが今後の棋士人生の糧となると信じて‥‥‥。

 そこからは‥‥‥。




 どれだけ決意しても、抗う事の出来ない高い壁。

 壊そうとしても壊そうとしても、全くビクともしない壁。

 絶望にのたうち回る。

 人生でこんな経験を、何度すればいいのだろうか?

 希望も求めて、微かな希望の光を探しても

闇に阻まれる。




 のたうち回りながら、こんな事をする意味があるのだろうか?

 結果を分かっているのに、誰に責められるというのだろう?

 このまま続けたところで、逆に諦めが悪い、往生際が悪いと、批判されるのではないだろうか。

 諦めが悪い、女々しい悪あがき。

 少し想像するだけで、浮かぶ批判の言葉たち。

 それでも指す手は止まろうとしない。

 どうして‥‥‥どうしてなんだろう?




 ここまで来れば、勝てないのは分かりきっている。

 それなのに何故?

 答え分かりそうで、分からない。

 何故? とい謎をそもそも解きたいのか分からない。

 何故かを見つけるためだろうか?

 自分で自分が今、少し笑ったような気がする。

 この状況を楽しんでいるのだろうか?




 また何故? と思う。

 楽しい?

 楽しんでいる?

 負けるのに‥‥‥負ければ悔しい!

 大人げなく悔しいんだ!

 だからあがいてあがいて、のたうち回っているんだ!

 自分が好きなもので、負けるのが悔しい!

 それだけだ‥‥‥。

 じゃあ、何故笑った?




 まだこの先が見たいから、未知の領域に踏み込んでみたいから。

 一手指せば、また見た事のない局面が盤面に現れるから。

 そんな状況が楽しいんだ。大好きなんだ。

 好きなものを楽しんでいることを知ってもらいたい。

 恵に泰斗に、そしてまさみにこの姿を見てもらいたいと思った。

 もっ続けたい。未知の領域にもっと踏み込みたい。

 もう戻ってこれなくてもいい。

 もっと踏み込んでみたい。




 そう思って、手を進めていったが‥‥‥ここまでだ。

 「負けました」と告げながら、頭を下げる。

 負けはしたが、楽しさもあった将棋だった。

 時計を見ると、時間は使い果たし秒読みになっていた。

 全く気付かなかった。

 土砂降りだった雨は、知らぬ間に止んでいたみたいだ。

 こうしてソフトとの対局、一局目が終わった。

  


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