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音のない世界  作者: 横須賀かもめ
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何のために①

 真っ暗な空間、何も見えず何も聞こえず、何もない空間。

 己の身体すらない世界。

 そんな世界に音がする。

 小さくとても小さく聞こえるその音を、聞こうと聞き取ろうと、意識が探求を始める。

 意識を集中していくと、段々音が大きくなってきた。

 この音は何だ? ‥‥‥波の音だ。

 波打ち際にいる。




 真夜中の海ではなく、日差しが穏やかなに射す昼下がりの浜辺。

 段々、景色がはっきりしてくる。

 真っ暗な世界に光が射す。

 眩しくて目が開けられない程の眩しさだ。

 しかし、とても優しい光。

 眩しさに徐々に目が慣れてきた。

 目の前には海が広がっている。とても穏やかな海が。

 浜辺に座っている俺。

 うん確かに、俺が座っている。




 日本の海ではないようだ‥‥‥少し考えフィリピンの海だと気づく。

 つい最近見た、フィリピンの海。

 青色の濃度が、日本の海とは違う。

 浜辺の匂いも日本の海とは違った。

 フィリピンの海の匂いを、思いだして感じていると、隣に誰かいる気配がする。

 恵かなと思い、気配の方を見るとまさみが座っていた。

 「こっちの海はキレイだねー日本とはまた違う印象だね」と、波風で髪をなびかせながら、フィリピンの海を見ている。





 俺だけど、俺じゃない俺が相槌をうっている。

 「新婚旅行にフィリピンに来て良かったね」とまさみが俺の方を見て言う。

 波の音が、機械音に変わっていく。

 機械音で、目を開く。

 スマホのアラームが鳴っているのだ。

 “新婚旅行は、フィリピンなんだ”と思いながら、スマホのアラームを消す。

 身体を起こし、いつもと違う風景に意識をはっきりさせる。

 ここは滋賀県の旅館。




 ソフトとの対局のために、対局場の延暦寺近くの旅館に前日から泊まっている。

 ソフトとの第一局目の対局初日。

 一局を二日かけて戦う、長丁場の戦いの朝を迎えた。

 いつも変わらない心境で、布団から出れたことに安堵する。

 前日の検分の時は、少し緊張していたから。

 スーツに着替え支度を済ませ、会場の延暦寺に向かうため関係者と共に、マイクロバスに乗った。

 バスの中には、将棋連盟の関係者、立会人の棋士達、それと対戦相手のソフトの開発者の竹本とその関係者が同乗している。




 竹本は、俺よりも年上で今年四十だそうだ。

 見た目は若くて、年下かもと思ったぐらいだ。

 前日の検分の時に少し話をさせてもらった。

 検分とは、対局会場の雰囲気を確かめたり、盤と駒を確かめたりと、対局に集中できる環境にするための作業である。

 今回の対局会場は、延暦寺の西塔にある担い堂で行われる。

 歴史的建造物と、ソフトとの対戦という事もあって、電子機器の設置に神経が注がれていた。

 パソコンの置く場所から、竹本の座る場所、電源の確保と多岐に渡った。

 一番の見どころは、ソフト側の駒を動かす電動アームの動作確認。

 実物を見るのは初めてだったが、とても可愛くセンスのあるデザインで、斬新なものだった。


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