早乙女恵の現在地①
波打ち際に佇んでいる日本人の女性と、アメリカ人の男性と、フィリピン人の少女。
フィリピンのタバオにあるビーチは、日本の海とは当たり前だが全然違う。
海の色も限りなくブルーで、日常を忘れさせて、肌に感じる風の感触も違う。
音も日本とは全然違う。
風の音も雨の音だって国によって違うように感じると、ガリクソンがモニカに言っていた。
早乙女まさみもそう感じている。
ガリクソンはアメリカ人で、バックパッカーでフィリピンのタバオに滞在して、現地の人と溶け込んでいる。
そろそろ次の場所に行こうかなと言って、もう二か月になるだろうか。
モニカはフィリピン人の十七歳の女の子だ。
フィリンピンでは生まれた環境で、子供の人生が決まる一面もあると言われている。
それが、フィリピンの貧困家庭に生まれた子供の現実だということを、フィリピンに来て恵は痛感している。
経済的に貧困状態にある家庭に生まれた子供は、孤児院に預けられたり、ストリートチルドレンとして働かねばならない。
ストリートチルドレンには様々な定義がああるが、まさみが所属するNPO法人が支援しているのは、日中は路上で働き夜家に戻る子供たちだ。
家庭が貧しく、毎日の食費・学費を稼ぐために、路上でビニール袋などを売って働いている。
恵は、子供たちの支援を担当しながら、現地の先生のために教材やシステム作りを手伝っている。
フィリピンには公立の幼稚園がなく、幼児教育システムが確立されていないという問題がある。
先生には遊びの中から教育という意識がないので、その辺をサポートするのもまさみの仕事の一つである。
モニカとまさみが初めて会ったのは、モニカが十四歳の頃で、視察のために訪れた市場であった。
当時のモニカは、夏休みのなのに毎日市場で働いて勉強をする暇がなく、姉弟たちの面倒まで見ている状況だった。
モニカは六人姉弟の長女で、その内四人が市場で働いていた。
一緒に働いている姉弟の一番下の子の年齢は九歳。お姉さんである彼女は、下の子供の面倒を見ながら働かなければなりませんでした。
夏休み以外も、学校が終わってからも働き、、夜も遅くまで働かざる得ないという状況でした。
当時のモニカの家は電気が通っておらず、水道もなく、屋根もしっかりくっついていないので、外からの入ってくる光で生活をしていました。
水道が通っていないため、水浴びなどは近くの教会を借りて生活していました。
家族全員で一匹の魚を食べるなど、少ないおかずをみんなで分け合い、お金がない時はお米しか食べられないことが当たり前でした。
現在のモニカは、親戚の料理屋で働きながら就職先を探している。
その料理屋で、ガリクソンとも初めて会ったと、後日、恵が遊びに行ったときに嬉しそうに「とても明るいアメリカ人が優しくしてくれた」と言っていた。
「色んな所に行ける人が羨ましい」とも。
ガリクソンは三十三歳だと言っている(あくまで本人談)だが。
見た目は実年齢よりも高く見える。だから嘘を付いてるんじゃないかとまさみは疑っている。
元々はアメリカで証券マンとして働いていたらしいが、日々忙殺される日常に嫌気をさしてバックパッカーとして色んな国を巡っているそうだ。
自分探しの旅に出たけども、色んな所に訪れれると逆に自分を見失うなと、本人は事あるごとに言っている。
ここフィリピンの中でも、特にタバオがお気に入りでもう少し滞在する予定だそうだ。
モニカは、ガリクソンの話しが好きでよく聞いている。特に証券会社で働いている時の話しに興味を示している。
ガリクソンの方は、あまり仕事の事は話したくなさそうだが(嫌な事を思い出すのだろう)、そこは紳士であるのでモニカの聞きたい話しをしている。
今も、ガリクソンはモニカに向かって、証券時代の激務を語っている。
「恵はこの仕事の前は何してたの?」と、話題を変えるように聞いてくる。
「私は、大学卒業してすぐこの仕事ですよ」
モニカも聞きたいことがあったようで「どうしてこの仕事なの? 私は恵と出会えてよかったけど」
「うーん何でだろう。モニカに会いたかったからかな!」「もう絶対ウソだ!」
最近、モニカの日本語が凄く上手くなっている。この年代の子の吸収力は感心させられることばかりだ。
ガリクソンはそんな二人のやり取りを、微笑みながら見ている。
モニカが「そろそろ家に帰らないと」と恵の腕時計を覗く。
「気を付けて帰りなさいよ」と恵が言ったので、手を振りながら帰るモニカ。
「モニカ、日本語上手になったね」
「アナタの方こそ、日本語上手よ。ホントに日本に行った事ないの?」
首を振りながら「行きたいんだけどね。日本語を覚えたのは、アニメや映画でだからね。興味はあるんだ。次は日本に行こうかな、でも物価高いしなー」と流暢に日本語を使いこなすガリクソン。
「あっ今日は、漫画ないの? あの漫画面白かったな」泰斗が担当している漫画ガジガジの事だ。
「まだ新しいのは手元にはないのよ。友達がまた送ってくれると思う」泰斗は最新巻が出るたびに送ってくれる。
「忍者カッコよかったな!」
「アメリカにはそういうのないの?」
考えて「うーんアメコミって、日本のアニメよりも子供向けって感じだからな。日本の漫画・アニメには哲学があるよねー」
「哲学ね、そんな事考えながら読んでなかったな」
「だから良いんだよ。気づかせない所が良い」
「ガリクソンが日本人で、私がアメリカ人なら良かったのにな」海の向こうに沈む太陽を見ながら、思わず口から出てしまった。
「日本が嫌いなの?」
「そういう訳じゃないけどね」
「こっちに来たのは、日本にいたくなかったとか?」
すぐに答えられず言葉に詰まる恵。
察して切り返すガリクソンが「恵は、将棋を知っているの?」
驚きながら「何で?」
「前にモニカのお店で会った時に、パソコンで見ていたのを覗いて」
思い出して「あー知り合いにプロ棋士がいてね」
「凄い! あんな高度な事が出来る人と知り合いなんて!」と驚くガリクソン。
「恵は将棋出来るの?」
「多少ね」