小説の名は「柴崎駿物語」⑨
「恵に会いに行かないのか?」と泰斗の方をしっかり見て奄美が聞く。
「行かなきゃいけないとは思うんだけど、今は時間が‥‥‥」
「小説が無事できたら?」
「そうだな、そうなるかな」
「じゃあ、そう恵に伝えとくよ」
「えっ‥‥‥まぁ、う、うん‥‥‥」
「嫌なのか?」と奄美がはにかみながら聞く。
首を横に振りながら「そうじゃない、そうじゃないけど‥‥‥会わなきゃいけないと思ってるよ‥‥‥でも‥‥‥」
「でも?」
言いたい事を、先回りされているような感覚に陥る泰斗。
こうなるとプロ棋士に、かなうわけがない。
奄美に促されてるように喋る泰斗。
「それは会いたいよ、会いたいさ。オマエが言うように会ってどうにかしようなんて思わないけど、思えないけど、会いたいよ。会って謝りたいよ。この先どうなるかは分からないけど‥‥‥」
初めてではないだろうか‥‥‥奄美と恵の話しをした事、そして自分の気持ちを語った事は。
「そういやまさみが色々、聞いてこなかったか?」
まさみとの会話を思い出す泰斗。
「確かに」
「やっぱり泰斗にも聞いてきたか」
「奄美の事が気になってしょうがないじゃない?」
「何て答えた?」
「奄美に聞けって」と笑いながら言う泰斗。
「悪かったな」
「俺の事ちゃんと言っていいからな、まさみちゃんに」と付け足す泰斗。
「大丈夫だよ、それは多分」
「悪いなタイトル戦の前に色々気を遣わせて」
「気にするなやい! 将棋は将棋!」
「タイトル戦前なのに、リラックスしているな今回は」
「‥‥‥去年は調整を失敗したから、その教訓」
「同じ轍は踏まないと」
「いやどっちかと言うと踏めないと言った方が」
「と言うと?」
「タイトル戦の前に、ソフトとの対局もあるから時間が全くない!」と笑って話す奄美。
「そんな時にインタビュー良いのか?」
恐縮してしまう泰斗。
「いいよいいよ。インタビューは森田君と一緒でも」とあっけらかんと答える奄美。
奄美と森田君と雨竜雷のスケジュールを泰斗が調整するという事で、その日、奄美は泰斗の家を後にした。
これだけ恵さんの事を話した事は、なかったなと思いながらここの所の忙しさでいつもより早くベッドに入る泰斗であった。
後日、将棋会館に雨竜と訪れる。
奄美と森田君のインタビューを将棋会館ですることになったからだ。




