小説の名は「柴崎駿物語」⑥
それもそのはずである。
奄美と森田は、タイトル戦で相まみれるのだから。
だがそれに反して、呆気に取られるほど簡単に「良いんじゃないの」と奄美が答える。
当たり前の話の様に‥‥‥。
「良いのか、この時期に森田君と会って」
「俺は大丈夫よ。森田君も良いんじゃないかな?」
「対戦するのにそんなものか?」
意外な答えで拍子抜けしてしまう泰斗。
「小さい時から知ってる森田君だぞ! 大丈夫だよ」と背中を押してくれるような言葉を言ってくれる奄美。
ただ気になるのは、去年のタイトル戦前よりもリラックスしている、いや力が抜けすぎてる奄美が気になる。
「何かリラックスしすぎてないか?」と心配そうに聞く泰斗。
「そうかな?」と更に缶ビールをあおる奄美。
「去年のタイトル戦前は、もっとジタバタしてなかったか?」
実際、去年のタイトル戦前はかなりピリピリしている印象があった。
当時、奄美の家を訪れても心ここにあらず状態で、話していても思い立って盤面に向かって、ジーっと並べた盤面を見ている事も少なくなかった。
まさみちゃんは、まさみちゃんで奄美と話していたらふとパソコンの前に行き、ソフトと将棋をしだす奄美を何度も見ていたそうだ。
それだけ初タイトル戦、森田との対局に向けて意気込みが凄かった。
いや凄すぎたという印象が強い。
タイトル戦の途中でへばっていたと泰斗は思っている。
将棋にも体力はいるのだ。
努力して努力して、その努力が報われなかった‥‥‥それが去年の奄美であった。
対戦相手の森田君に負けたというよりも、自分に負けた。
勝負の舞台に立ててなかったとも‥‥‥。
他のどんな人よりも、対戦相手の森田よりも、失敗して奈落の底に沈んだ奄美の気持ちが分かる。
だから今年はリラックスしているのだろうか?




