あっしゃビットコインよりFX派かな!⑦
「将棋は人間性が出そうですもんね」と安井が言うというか、つぶやいた。
「何かミステリアスじゃない?」と安井に問いかける雨竜。
「ミステリアスですか?」森田がその意味を知りたいという眼差しで雨竜を見る。
「対局している二人の頭の中で何を考えているか、すごく気になります。異次元の攻防ですよ! 特に僕みたいに将棋を少しかじっている人間にはね。届きそうだなと思ったら、急に全く違う次元の所に行かれたような、虚無感があるんですよ」
まさみにも分かる気がする。
手が届きそうで、届かない。
手を伸ばしたものが、実は全く見当違いの別物だったり、こっちだと思った方向、そっちに行けば辿りつく。
確かな確信をもって進んでるはずだったのに、そう思って進んだ方向が全然逆の感覚だったりする事がある。
「だから今度の小説は、僕の挑戦なんです」と真面目な口調で語る雨竜。
「どれぐらい出来てるんですか?」とまさみが雨竜に聞いてみる。
「もうすぐで、担当の泰斗さんに見せれるぐらいには、骨格は出来てきてると思います」
「それぐらい進んでるんですね」と安心した表情の泰斗。
「まさか全く出来てないと思ったんですか?」
「漫画と違って、小説の進行状況が分からないですから‥‥‥」と言い訳がましく言う泰斗。
「漫画の締め切りは本当に大変だからな」と安井が思いだしながら言う。
「そうだなー連載あると漫画は地獄だからなー」と泰斗も当時の状況を思い出している。
「締め切り間に合わなかった事あるんですか?」景子が聞く。
「ありますよー何回もこいつは!」泰斗が言う。
「焦ったなーあの時は」と思いだしながら笑う安井。
「タイトサンニ、オコラレタリシタンデスカ?」
「ありましたねーめちゃくちゃ怒られた事が」
「えー泰斗さんが怒るってどんな感じですか?」と景子が更に聞きたがる。
泰斗との安井の出会いは、安井が漫画の原稿を泰斗が勤める出版社に持って行ったのが始まりだったらしい。
安井が大学生時代、二十歳の記念に今まで趣味で描いてきた漫画の一つを出版社に持って行ったそうだ。
本当にただ記念にといった感じだったそうだ。
「プロになろうなんて、これっぽちも思ってなかったんですよ。ホント記念に」恥ずかしそうに本音を漏らす安井。
それが今から五年前の話し。
その日の角早出版、週刊アクティスには泰斗を含め二十数人の社員がいて、泰斗はその中で一番の新人だった。
新人だった泰斗が、上司から安井の相手を指名され、安井の原稿を見る事になった。
泰斗が二十四歳、入社二年目の頃だった。
先輩たちの命令には逆らえず、渋々受付まで降りていき、安井と会って原稿に目を通した。
入社二年目だったので、誰かの担当になった事もなく、はがきやメールの管理、ランキングの作成、イベントの手伝いが主な業務だった。
持ち込み原稿を見るのも初めてだったらしい。
「初めてだから、何見ていいのか分からないの! 緊張したよー」と泰斗が当時の心境を語ってくれた。
安井の持ってきた漫画はまず絵が綺麗だった。
そして登場人物が躍動している印象があったそうだ。
これはもしかして売れるのでは? 天才なのでは? と思った泰斗だったが、いかんせん自信がない。
上司に相談しても、新入社員の意見なんて聞き入れられない可能性がある。
そして奄美に相談したそうだ。
「そうだったんですか?」と初めて聞いた様子の安井。
「で、奄美君は何て言ったんですか?」と森田が聞く。
「別の作品を編集長に見せたんだ」
「‥‥‥だからか!」と謎が解けた様子の安井。
「ドウイウコトデスカ?」と二皿目の揚げ出し豆腐を平らげたガリクソンが聞く。
「今まで描いたの全部持ってきてって言われたんですよ。それに‥‥‥」
安井が言うには、後日泰斗から連絡があり、今までの作品を全部見せてくれとの事だったそうだ。
場所が出版社じゃなく、奄美の家だった。
初めは住所頼りに、何処に向かっているか分からずに奄美の家に行った安井。
そこで迎えてくれたのが奄美と泰斗だった。
泰斗から奄美がプロ棋士だと教えられた安井。
本心では何故プロ棋士? と思ったが、持ってきた原稿を面白いよと言ってくれたことが嬉しかったから信用したらしい。
二人が全部読み終わると、何やら相談し始めた。
安井が戸惑っていると、一つの漫画を上司に持って行くと伝えられた。
安井自身はそういうもんなんだなと思いながら、大人に自分の描いた漫画が面白いと言われた方が勝ったと安井が言っていた。
その漫画の手直しを少しして、読み切りからスタートしたんですよ、と安井が語ってくれた。
手直した漫画で読み切りデビューし、泰斗に初めて見せた漫画で連載デビュー。
それが大人気漫画“ガジガジ”である。




