ありふれた言葉がいい16
二人とも二十九歳なのだから、当たり前と言えば当たり前である。だが奄美が結婚というのがどうしても思い浮かばない。
奄美の面影がどうしても十七歳の頃から離れない。時の流れに思い出が追いつかない。
いやそもそも追いつこうなんて考えていなかった。
横山奄美といえば、世間は将棋のプロ棋士と認識したとしても、恵が奄美を思い出すのは付き合ってた頃のままである。
「相手の人はどんな人?」
「秋田から東京に出てきて化粧品会社に勤めてるよ」
ニッコリ笑って「相手の人はどんな人?」
恵の顔を見て諦めて「一生懸命で健気なやつ‥‥‥かな」
「良い子なんだ。お葬式に来てた子だよね?」
「う、うん」
「やっぱり奄美にピッタリだね!」
「そうかな? 俺にはもったいないよ。自分の事しか考えてないこんな俺を」と嬉し恥かしそうに海を眺める奄美。
「奄美は自分の事しか考えてない事ないよ」
「恵の事助けられなかったのにか?」真剣な眼差しで恵を見ている。
将棋を指している時の顔だと恵は思った。「奄美が悪かったわけじゃ‥‥‥」
「泰斗との事‥‥‥」視線をそらす奄美。
「言って‥‥‥」悲しそうであり、待ち望んでいるようでもある恵の表情。人間は心揺さぶる局面になるとこんな表情になる事を奄美は身をもって知っている。
恵自身、自分でも分からない感情が急に溢れてきて、思わず口に出てしまった。それでも奄美の言葉聞きたいのは事実である。
当時聞けなかった言葉、聞く事を自ら拒否した言葉、聞いてしまうと奄美を傷つける事を分かっていたから。
意を決して話し出す奄美「泰斗との事があった後、何の力にもなれずしかも俺の存在が恵を苦しませる事も分かっていながら、十四年‥‥‥十四年‥‥‥もずっとずっと‥‥‥なのに俺だけ普通に生きてしまった‥‥‥今までどうしていいか分からず、いやもっと早くに恵に会いに来ればよかったのに、恵や泰斗から言えないのに、俺からは会いに来れなかった。本当にゴメン」と言い終わった後、深々と頭を下げる奄美。
「奄美を深く傷つけたのは、私の方‥‥‥謝っても謝っても許されない事だから」
「いや気にせずに、気にせずにという立場でもないんだけど‥‥‥謝る必要はないよ」
「でも、でも‥‥‥」
「泰斗の事が好きなんだろ」
突然に事実を告げられた。忘れていた確かな真実が、奄美に言われたことで恵の感情の表に出てきた。
誰にも悟られないように、恵の心の奥の奥の誰にも触れられない深い深い深層の海底に沈めていた思いが表面に出てきた。




