決着の時
ペットボトルをグビグビと飲む森田君。その後、ハンカチで口を拭う。
森田君、余裕ないんだ。簡単なことが複雑になって真実を見落とすことがある。将棋の
勝負の世界ではよくあることだ。
ノビノビ指せばいいのになと思ったが、森田君の立場になるとそうはいかないのも簡単に想像できた。
重圧が中学生の両肩に乗っていると思うと、可哀相に思えた。
中学生棋士となれば騒がれるだろうな。マスコミとかが押し寄せて、明日の朝のニュースでも取り上げられ、連日取材・取材で嬉しいよりも大変だと思う方が多いのを、これだけ期待されるのはありがたいです。とか嘘をついて生きていかなければいけない人生のスタートになるわけだ。
その過酷な人生のスタートを強制的にきらそうとする人々。
その中の一人になるのかな雪村さんは。あの人は純粋に将棋が好きだからな、僕よりも好きだもんな多分将棋が。
当事者の森田君は、その過酷な人生を背負うとしているようだ。背負えるほどの人間になりたいとでも思っているのか、まだ中学生なのに。
勝ちたいんだろうな、いや勝たなければいけないと思っているのか。
可哀相だな、中学生の肩にかかるものではないなと思う。
研究対局みたいにノビノビ指したいな森田君と。
それでも負けると悔しいからな、特に将棋は。
手を抜かれるともっと悔しい。森田君のペースに付き合おう。そして勝とう。プロになったらもう森田君には勝てないかもしれないから。
真摯に指そう将棋を正直に丁寧に。
音のない世界にまた足を踏み入れる。
水の中にいるように静まりかえる。
ゆっくり思考の中に浸りながら、指していく。とても静かに、でも熱く。
身体を動かしていないのに、脇から汗が流れてくるのが分かる。頭がフル回転しているのだ。体が水分を欲している。
森田君の熱気がゆっくりゆっくり冷めてきた気がした。顔を上げると森田君が頷いたのが見えた。
僕はまだまだ身体が頭が熱い。ゆっくりと駒を置く。
「負けました」森田君の声が耳に届く。
勝ったのか‥‥‥横山奄美十七歳プロに昇格した記念したこの日に、彼女がレイプされた。