小説の名は「誰がタメ」 その⑦
その姿を何とも言えない顔で見ている迫田。
その様子をみて雨竜が「森田君は、いつ来るかな? ここに五分ぐらいで来るかもよ」
「脅かさないでくださいよ」とおどけて見せる迫田。
「奄美君は、勝つかな‥‥‥」
「勝ったら森田さんと対局ですね‥‥‥」
「次の対戦相手の将棋を、見に来るって珍しいの?」
「いやそんなことは、控室室からでも対局者の空気は感じられますからね」
「森田君が、奄美君の事めちゃ意識してるのかもと思ったけど、そんな時にインタビュー頼んで申し訳ないかと思ってたんだ」と思わず本音が出る雨竜。
「‥‥‥意識はしてると思いますよ」
「‥‥‥森田君が?」
「はい」
「奄美君を?」
「はい」
「三冠の将棋界の神が?」
「だと思います」
水を飲みながら答えた迫田に対して、割りばしの袋をいじりながら聞いた雨竜。
外から戻ってきた泰斗が、森田がもうすぐ将棋会館に着くと伝えた。
時計を見て「もう対局始まってますね」
「じゃあ僕らも戻ろうか」
会計を済ませて、将棋会館に戻る三人。
外に出ると、四月の清々しい風が心地よく感じられ、爽やかな気分にさせてくれた。
今、人生をかけた大一番をしている人間もいるんだなとふと思う。
将棋会館に着き、控室まで行くと森田君が一人でモニターを見ていた。
自分で盤面を動かし、検討している姿がある。その姿は、鬼神のような凄味がある。
臆することなく雨竜が「こんにちは」と語り掛けると、振り向き「どうも」と笑顔で挨拶をする。
その顔は外の風同様、爽やかな物だった。
緊張しながらも迫田が「は、初めまして迫田と言います。プロ棋士四段です‥‥‥よろしくお願いします」とガチガチの自己紹介を済ます。
笑顔で森田君が迫田君に向かって「初めてじゃないよ。こないだ別のタイトル戦の現地で会ってるよ」とさりげなく教える森田。
慌てて「あ、あっ、そ、そうでした‥‥‥申し訳ないです」と平謝りの迫田。
「カミカミじゃないの迫田君」と救いの手を差し伸べる泰斗。
「この度は、取材の承諾ありがとうございます。お忙しい所感謝します。改めてこちら小説家の雨竜雷です」と雨竜を紹介する。
奄美の祖父の葬式の時に、数分だったが会話をしている雨竜と森田だが、礼儀として改めて紹介する泰斗であった。
「どうも改めて、小説家の雨竜雷です。この度は、取材のご協力感謝します」と深く頭を下げる雨竜。
「いえいえ、丁寧な挨拶ありがとうございます。僕でよければ何でもお話しますよ」と
笑顔の森田。
「ありがとうございます。ではまず、奄美と武知さんの対局の勝者と対局となる訳ですからその辺りから、インタビュー始めますか?」と雨竜に伺いをたてる泰斗。
「武知さんと奄美さんの将棋の印象、お聞きしていいですか?」と手帳を出す雨竜。
凄く年季の入った手帳で、その中には雨竜の考える全てが詰め込まれてるいるように感じる。
「もちろん! 武知さんはA級棋士ですから、いわずもなか最高の棋士の一人ですね。
武知さんは、対局の時は強面ですが解説が上手くて、そのギャップで女性からの人気を博しています」と教えてくれる森田。
「女性に人気があるんですね」と素直に思った泰斗。
迫田が「女性も最近、将棋見るのが多いんですって」
その事実に驚く泰斗と雨竜。
「では奄美さんの方は?」
「三人とも詳しいかもしれないですが、僕も負けてないですよ」と笑いながら答える森田。
「僕らが知っている顔とまた違うでしょうね」と泰斗が答える。
「‥‥‥奨励会同期なんですよね奄美君とは。奄美君は三歳年上だから、当時は凄くよくしてくれました。プロデビューも奄美君の方が早かったので、プロ入り後もよくしてくれたんです。本当のお兄ちゃんみたいな感じだったりもします」
「プロになってからは、森田さんの方が成績では奄美さんを追い越したと思うんですが、その辺りはどう?」
「確かに僕の方が、タイトルも獲らせてもらって順調に見えるかもしれませんが、僕は今だけだと思っています」
「と言いますと?」と思わず泰斗が聞いてしまった。
泰斗の方を向き森田が「そのうちタイトル奪われますよ奄美君に。実際、去年も奄美君が挑戦者として上がってきましたしね」
「どうしてそう思われるんですか?」
「強いですからね奄美君は、純粋に。勝負よりも面白い事優先してしまうんですよ。戦型にしても、プロの間で無理筋として理解されているのを、使ってみたりとかね。面白い事があると、将棋よりもそっちにハマったりするからなー奄美君は。でも将棋に集中したら強いんですよ」と楽しそうに奄美の事を話す森田の雰囲気が色々な媒体で見る彼と正反対に感じる。




