小説の名は「誰がタメ」 その⑤
「おかしな世界ですよね。商売敵なのに、協力するように勉強してるって、僕も思うんですけどね、勝敗だけじゃなくて棋譜を後世に残すという役割もあるんからだと思います」
と迫田が明るい顔で答える。
納得する泰斗と雨竜。
モニターの向こうでは武知が扇子を使ってリズムを取って考えている。
「棋士の皆さん、扇子良く使いますよね」
「使いますね。扇ぐというよりも、思考のリズムを取るために使いますね」
棋士と扇子は確かに真っ先に思い浮かべる事である。
棋士が将棋盤の前で、扇子をパタパタしながら思考のリズムを取っている姿は、将棋を知らない人でもすぐに思い浮かべそうだ。
「後、ご飯も注目されてますよね!将棋メシってね」と雨竜。
「何すかそれ?」と本当に知らない泰斗が聞く。
「エッ知らないの泰斗君」
「エッそんなに有名なんですか?」
「ネットで将棋を見る機会が多くなって、お昼ご飯やオヤツ食べてる姿が映るので、それで人気が出た感じですね」と迫田が教えてくれる。
ここ最近の将棋番組はネットとの相性が良いらしく、コンテンツとして魅力があるのだそうだ。
「そんな話聞いていたら、お腹空いたな」
と雨竜が言うと、迫田が「じゃあ、そろそろご飯にします?」と尋ねてくる。
モニター越しの二人は扇子を使いリズムを取っている奄美の姿と、胡坐をかいて盤面を見つめている武知の姿が見える。
「対局者の二人もそろそろ、昼休憩かな」と腕時計を見ながら言う雨竜。
壁に掛けられている時計を確認する迫田が、「そうですね」と言うと、モニターから記録係が何やら、対局者の二人に告げたようだ。
「休憩に入りましたね」
それを見て、僕らもご飯にしましょうかという事で、三人で棋士がよく通うご飯屋に行くことになった。
千駄ヶ谷の将棋会館を出て、歩いてる時に疑問に思ったので、迫田に聞いた「奄美たちも、外に出てご飯食べてるの?」
辺りを見ながら歩いていた迫田が振り返り、「ちょっと前までは、良かったんですけどね」
「今はダメなの?」と泰斗が聞く。
「カニング不正疑惑が出たからね」と雨竜が答える。
確かに将棋を知らない泰斗でも、そのニュースは知っている。
将棋ソフトをスマホに入れて、それを参考にして指していたという内容だった。
その不正疑惑があってから、電子機器の持ち込使用はもちろん、外出も禁止になったそうだ。
それ以前は、外出も自由で食事も外に食べに行けたそうだ。
「ここです」と迫田が、どこの町にもあるような、一件の定食屋を指さした。
「ここが棋士の間で大人気のお店なんですよ」と言い入っていく。
連れられて入っていく、雨竜と泰斗の二人。
店内に入ると、やはり何処にでもあるような定食屋である。
特徴があるすればメニューの多さだろうか。
店内には“生姜焼き定食”“から揚げ定食”“チキン南蛮定食”など、メニューが壁中に貼られている。
「ここの料理はどれも美味いんですよね。
奄美さんなんて、ここのから揚げ定食、週五で食べてる時ありましたよ」
「そういやアイツ、そんな事言ってたな」
「ここ夜は、居酒屋になるんですけど、夜でも頼み込んでから揚げ定食食べてましたからね」と笑いながら教えてくれる。
確かに奄美は、一度こだわり出すと飽きるまでそれにこだわる所がある事を泰斗は知っている。
気にいった映画のロケ地まで行ったり、ガンダムのプラモデルもかなりの数を部屋に飾っているし、
食にこだわりが出るのも分かる気がする。
注文を頼もうとすると、店主がアルバイトの子に「これ出前のから揚げ定食!」と言って、アルバイトの子が店を出て行った。
店主が三人の席に来て、「あれ奄美君のね」と可愛いウィンクをして三人の注文を聞いた。
「迫田君は、対局中もモリモリご飯食べるの?」と泰斗が聞く。
少し悩みながら「うーん、時と場合によりますね」
「例えば?」
また悩みながら「うーん、自分の思い通りにいってる時は、食欲旺盛ですかね。逆に、
悪すぎる時は食欲なんてなくて、もう今すぐにでも帰りたいって感じですね。それに見た事もない局面になっていると、食べておかないと本能が教えてくれるみたいな時もありますね」
「本能かーそんな事考えてご飯食べたことないな」と泰斗が言う。
そのやり取りをメモに取っている雨竜。
そうこうしているうちに、頼んでいた定食たちがやって来た。
泰斗はチキン南蛮・雨竜と迫田はから揚げである。
から揚げを頬張りながら雨竜が「そういや、森田君はいつ来るの?」と泰斗に聞く。
「昼過ぎって言ってましたよ」
から揚げを吐き出す迫田。
「どうしたの急に?」
「も、森田さん来るんですか?」と慌てている。
皿の上のサラダが、テーブルに手の震えでボロボロ落ちていく。




