小説の名は「誰がタメ」 その③
泰斗は、どっちでもいいがなと思ったが、雨竜は、後にいる事になる控室で、熱心に熱心にメモに書いてまで聞いていた。
定刻の時間が近づき、記録係の奨励会員が先手と後手を決める振り駒をしている。
先手と後手は、将棋ではかなり重要なようである。
それは奄美から、泰斗も聞いた事がある。
振り駒の結果、先手が奄美に決まった。
対局時刻になり、記録係が「対局の時間となりました」と告げる。
いよいよ始まるのだ、タイトル戦挑戦者決定戦が。
深い息を吐く、奄美。
横顔を見ると、集中している。
中々見ない奄美の顔だと、泰斗は思った。
日常的に勝負をしている男顔だなとも思った。
ゆっくりした所作で指を綺麗に動かして、指す奄美。
とても美しい光景に見える、神が降臨するのを見たとしても、引けを取らないんではないかと泰斗は思う。
相手の武知の佇まいも、歴戦の勇者を見ているようだ。
この場面だけでも、見に来た価値があると思う泰斗。
一日がかりの格闘技の試合を見れるような気分である。
直接殴り合うのを見れる訳ではないが、ここには確かに戦いの要素が詰め込まれている。
奄美の対戦相手の武知は、過去タイトルを三回も獲っている実力者。
奄美には、目の前の武知がどう映っているのだろうと、泰斗は思う。
聖母の様な顔なのか、今、まさに阿修羅のごとく迫ってきていると感じているのか、それとも同じ世界に生きる、気のいい先輩としての顔があるのか、個人的に聞いてみたいと思った。




