三歳児の子供がリュックを背負っる姿は何事にも変えがたし可愛さである①
三時を知らせる鐘の音が鳴っている。
小江戸の街・川越、そのシンボルと言える時の鐘の音。
年間六百五十万人が訪れる蔵造りの城下町。
商人の町として賑わってきた川越は、明治の大火を契機に防火に優れた蔵造りの街並みになった。
仲町交差点から札の辻交差点までの約四百メートルの目抜き通りに、江戸後期から明治時代にかけて建てられた蔵をはじめ、明治・大正・昭和の各時代の建物が並ぶ通りを、川越一番街と呼ぶ。
その一角のカフェで、恵が一人抹茶ラテを飲んでいる。
子供連れの母親が、店内に入ってくる。
恵が気づき「緑!」と母親を呼ぶ。
恵に気づき「久しぶり」と席に着く。
緑が連れている子供、朱と書いてあかと呼ぶもうすぐ三才の女の子。
リュックを背負い、緑の横にいる。
その姿を見て「可愛い! 可愛すぎる!」と朱に近づいて、マジマジと観察する恵。
「触っていい?」と緑に聞く恵。
「朱ちゃん、お姉ちゃんにタッチは?」
「たっち」と言いながら、恵の掌にタッチする朱。
「可愛すぎる! 何、このサイズ感! リュック姿がまた可愛い! 朱ちゃん、リュックの中なに入ってるの?」
リュックを開けて中から、物を出す朱。
「何が出てくるのかな?」
「とらんぷ」可愛らしい声で教える朱。
「トランプ好きなんだー」
「うん。おねえちゃんとする」
「うん! トランプしよう!」
緑が「恵、飲み物頼んでるね」
「ゴメン、先頼んじゃった」
「いいよ。私も同じやつ頼むよ」
朱が「あかも、おなじやつ」とせがむ。
「朱ちゃんのジュースここにあるよ」と鞄から朱の飲み物を出す緑。
その光景を見て「緑、すっかりママだね」と恵が言う。
「そりゃ、ママにもなるよ」朱を見ながら答える緑。
その光景は幸せに満ち足りている。
「恵は、いつまで日本にいれるの?」
「一カ月ぐらいかな」
「けっこうゆっくり出来るんだ‥‥‥何かあった?」
「‥‥‥ん? いや何も、ホントただの休暇だよ」
「じゃあ、この機会にゆっくりしなよ。大学卒業してから、ずっと働きづめじゃん恵は」
「そんな事ないよ」
「そんな事あるの! 大学卒業して海外で働くって聞いた時は、ビックリしたもん!」
「そうだったね」
恵と緑は小学校からの親友で、小中と同じ学校である。家も近くで、緑は今も恵の実家に、朱ちゃんや旦那さんと訪れている。
高校は違ったが、奄美とは何回か会っている。
恵は大学は京都で、緑は東京の大学だったため、大学時代は頻繁に会えなかったが、実家に帰ってくる時を示し合わせたりして、近況を報告し合っていた仲である。
緑は大学卒業のタイミングで結婚した。
旦那さんは建設現場で働く、緑や恵よりも十歳上の人である。
「タイミングだったんだろうね」と緑は言うが、大学卒業を狙っての結婚と、恵は見ている。
「恵は良い人いないの?」
「私は全く! からっからよ」
朱が「めぐみちゃんはからっから」と笑う。
「笑っちゃだめだよ朱ちゃん」とたしなめる緑。
「なんで?」と聞く朱。
「いいよ、朱ちゃん思いっきり笑って!」と恵。
「えへっ」と笑う朱。
「ゴメンね」と緑が、朱の口元を拭きながら言う。
「こっちこそ、子供の前で」と緑と朱の微笑ましい姿を見て、「ホント幸せそうだね」と恵が言う。
「この子がいなかったら、とっくに別れてるから」朱を見ながら答える緑。
「そうなの?」
「聞いてくれるー旦那、パチンコで五万も負けてきたの! 五万よバカじゃないのアイツ!」
「ばかといってはいけません」と朱が言う。
「朱ちゃんえらいね!」
「恵は、奄美君と連絡とってないの?」
たじろいで「と、とってないよ」と答える。
奄美とは、もう十年連絡を取っていない。
いや取れる訳もない。
朱が「あまみってだれ?」と二人を交互に見ながら聞く。
緑が「恵ちゃんの元カレだよ」
「緑!」
「めぐみちゃんのもとかれ」と朱が繰り返す。
「言わなくていいよ。朱ちゃん」と困り顔の恵。
「こっちでも有名よ、奄美君」と緑。
「だれそれ?」と朱。
気になることは、ほっておけないのは似てる、やはり親子である。
「奄美君は、将棋のプロ棋士なの」と朱に伝える緑。
「しょうぎかーしょうぎ、きょうみあるんだよなー」と朱が言う。




