五十嵐泰斗と雨竜雷①
タクシーのラジオから、レミオロメンの粉雪が流れている。二〇〇六年、今から十年前のヒット曲だ。
聞くと昔の光景が瞬時に浮かぶ、そんな曲が誰の心の中にも一曲とはいわず、何曲かあるだろう。
聞こうと思って聞いた時と違い、ふいに聞くとまた違う光景を思い描くから不思議だ。
土砂降りの雨の中、傷だらけで倒れている泰斗、立ち去る寂しそうな男の背中と、震えている両拳を思い出す。
タクシーの運転手が「今日は朝からずっと、よく降りますね」
窓の外の雨を見ながら物思いに更けている泰斗にいう。
確かにいきなりの雨に当たって、雨竜雷の仕事場に向かう前に立ち寄った、百貨店で予定を変更してタクシーに乗っている最中である。
「お荷物濡れませんでした?」と運転手が聞いてきてくれたので、「いやいやたいした事ないですよ。ありがとうございます」とお礼を言う泰斗。
実際、雨竜雷にお土産として買った老舗の鯛焼きが梱包された袋は少し濡れている。
リサーチの結果、雨竜雷は甘党でお酒を一滴も飲まないらしい。
お酒の席で仲良くなるのを得意としている泰斗には、技が一つ取られた状態で、雨竜雷の懐に入っていかなければならない。
小説家の先生しかも同い年となると、気軽に接すればいいのか、はたまた下手に出れば
いいのか微妙な立ち位置になる。
大御所の小説家なら、下手に出て原稿を書いてもらうという戦法も可能なのだが、同い年はそうもいかないのが、泰斗にとっての悩みの種だ。
などと考えていると、雨竜雷の仕事場があるマンションの下に着いた。




