プロローグ
空を割く雷鳴、木枯らし舞う風の音、夏のセミの鳴き声、救急車のサイレン、ライブハウスのリズムを鳴らす観客の振動音、試合を決めるバッターの打球音、熱狂する観客の歓声。
世界は音で満ちている。
逆に音のない世界もある。
耳にも皮膚にも音が触れない世界が、水の中にいるような世界が。
パチンパチン音のない世界に音がやってくる。
パチンパチンパチン。
遠くからのようであり、近くからのようでもあるが音がする。
その音に合わせるように右手でリズムを取ろうとするが上手くいかない。
パチンパチンパチン、誰かの鳴らす音が邪魔をする。負けずと音を鳴らす、音を鳴らすのに集中するように扇子を動かす。
負けじと聞こえるパチンパチンパチン。
前からも後ろからも左右からも音が鳴る。
目を開けると視界が勝手に見えてくる。
勝手にというか自分自身の目を開けるという行動を起こしたからだけれども、目の前に
いる少年メガネニキビ。
右を見てもニキビメガネ、左を見てもニキビメガネ、入り口付近に目をやってもやっぱりニキビメガネ、窓際で日光が反射している眼鏡をかけている青年。これまたニキビメガネ。
ニキビメガネばっかりだな相変わらずと、盤面に視線を落とす。
ここは千駄ヶ谷にある日本将棋会館。
奨励会三段リーグ最終戦。
三段リーグ三期目抜けを目指す、奨励会員横山奄美十七歳。