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約1つのラベルと心臓  作者: 大門 笏
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第n+5話 血湧き力なり肉踊る

 二会手にえで 夏雄なつおが意識を取り戻すと、独り焼き肉の前で正座していた。

「……誰が焼いたんだ?」

 夏雄は取り敢えず周囲を見回すが、人影が全く見られない。まるで閉店した焼き肉に電気を通しているだけのような空気に、夏雄はまず不気味さを感じた。

 取り敢えず、まだ火は点いているので、少し焼き過ぎな肉を、目についたタレの皿に入れる。タレと焼き肉の間に得手不得手の関係はあるが、夏雄はまだ文化人と言える程頭が回転していない。

「っと……」

 肉に一瞥をくれるが、それよりは夏雄と焼き肉の他に何がいるかが大事だ。

 網の上で焼かれている焼き肉は3枚。取り敢えず夏雄は焦げる前にそれらを様々なタレの中にそれぞれ転がしてから立ち上がった。

「あのー!」

 夏雄は他の客に迷惑をかけるぐらいの大声を出した。

「誰かいませんかー!」

 反応は無い。

「……」

 夏雄は仕方無く座ろうとしたが、そこでふとホチキス留めの紙の束を夏雄側のソファで見つけた。

 夏雄はそれを拾い上げると夏雄のテーブル周辺を見回した。しかし、この紙束以外に目ぼしいものは何も見当たらない。

「なんか書いてねぇかな……」

 静寂の中に声を放りながら夏雄は元いたソファに座った。そして机の上に紙束を広げた。

『網の上にも3分 ~焼き肉屋縁りて魚を求む~』

「それはアホだろ」

 表紙の無駄にカラフルな文言を見て夏雄は確信した。これを書いたのは、侍乃公他じおれた 美都子みつこだと。

『この文章をあなたが読んでいる頃には、私はもうチョコパンを1袋ぺろりと食べ終えているでしょう』

「いきなりどうでもいいな」

『スーパーで安かったから思わず衝動買いしてしまいましたが、消費期限が今日まででした。安物買いの失い銭を貯めて角で殺すとはよく言ったものです』

「相変わらずよく分からん言葉作り出すなあいつは」

『取り敢えずお肉を食べながら聞いて下さい。そこには誰もいませんし、お肉も大体牛肉みたいなものです』

「……本当だろうな?」

『違いといえば3足歩行することぐらいです』

「バランス悪そうだな」

 夏雄は少し迷ったが取り敢えず肉を口に運んだ。確かに牛肉の味だ。牛だったらカルビだ。

 1口食べて、食用だろうと安心した夏雄は肉の味を噛み締めながら適宜ページをめくっていく。

『ところで夏雄君、何故そこにお肉があるのに誰もいないのか、気になって月下の門をスマッシュしたことも1度やお百度でもないでしょう』

「まず門がねぇな」

『それで、人がいない理由なのですが、』

「知ってんのか?」

『分かったら後で私にも教えてね』

「お前も知らねぇのかよ」

『それは期待して待つとして。それより、すぐにではなくていいので、網の上のお肉を全部取っちゃって下さい。箸を1膳急げ』

「ん?」

 一応、網の上にあった肉は全てタレに沈んでいる。

『肉は稀に世に憚られる存在。しかし今は文字通り傍若無人でいていいのです』

「文字通りなのか?」

 夏雄がそうぼんやり思ったところで、夏雄はスッと違和感を覚えた。

 何か、音がする。

 音というより声だ。それは厨房の方から聞こえる。

「誰かいるのか?」

 気になった夏雄は立ち上がり、席を発って厨房に歩いた。

 時間が経ち、夏雄が近づいたことで、声はどんどん強くなる。子供のような高い声。複数いて、何かを歌っているようだった。

「あんせるべんしゃん、ぱうせるかんしゃん、わうえるとんしゃん」

 その言葉は万能翻訳機でも翻訳が出来なかった。

「何者だよ……」

 ここの店員なのかすら怪しい。

「あの!」

 取り敢えず声をかけるが、反応も無いし歌も止まらない。

「……」

 夏雄は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた厨房の扉をノックした。

 反応はやはり無い。

「てーけるるんしゃん、かーせるごんしゃん、みないせるべすいんしゃん」

 歌も止まる気配を見せない。

「失礼します!」

 夏雄がゆっくりと立入禁止の扉を開けるとその中では、

 牛肉達が盆踊りをしていた。

「どーめるこんしゃん、こーめるとんしゃん、かみえるぷんしゃん」

 いや実際に盆踊りなのかは定かではないが、中央で音の聞こえない太鼓を叩く肉の音頭に合わせて、それを円で囲うように様々な部位の肉達が歌い踊っていた。

「なんだこれ……」

 夏雄は反応に困った。

 それから呆然とそれを眺めていると、数分後に踊りの輪から数個の肉がそそと離れた。

「「ぴげびうま」」

 それらは輪の方に一礼をすると厨房と客席の間の扉にズプズプとめり込んだ。

「え?は?」

 夏雄はわけの分からないまま扉を開けてそれらを追いかけた。

 様々な部位(ホルモンだけ分かった)はのそのそ小さい歩幅で歩んでいる。

「どこに向かってんだ……」

 夏雄は肉の集まりの後ろをゆっくりついていく。

 そしてその行き先を推察する為に視野を上に広げると、夏雄は疑惑に目を細めた。

「俺の、とこ?」

 夏雄の予想が当たり、肉達は夏雄のテーブルの前で立ち止まった。

 そして少しの静寂の後、

 やつらは焼けている網の上に飛び込んだ。

「はぁ!?」

 夏雄が駆け寄りジッと凝視している間に、さっきまで歌っていた肉達は何も言わずに良い焼き色を付けていく。

「……」

 気味悪さを感じながら倒れるようにソファに座ると、美都子が書いた紙束が目につく。

「なんか書いてねぇかぁ?」

 何が書いてあればいいか分からないままページをめくると、先程読んだところの次に目を移す。

『この世界では最近、肉体に精神が付随するようになり肉だけでも動くようになりました』

「なんだそりゃ」

『日本でも、病は気から。二束三文の薬。なんて言われていますね』

「後半聞かねぇな」

『頭文字を取ってやきにくと覚えてることでしょう』

「それ言いたかっただけだろ」

『ともかく、この世界の家畜のお肉は、踊りや歌で仲間との別れを惜しみながら、逐次自ら調理されていきます』

「んなこともあるんだな」

『肉が赤くなると医者も赤くなるってやつです』

「赤くなるのかよ」

『恋の始まりですね』

「片方精肉だぞ」

『愛の前では食物連鎖など敵ではありません』

「そういう問題かぁ?」

 夏雄はタレに浸って冷たくなった肉を見下ろした。

「……これもちょっと前までは動いてたわけか」

 網の方ではジュージューと美味しそうな音がする。

「でも、食べないってわけにもいかないしな」

 夏雄は箸を手に取ってタレまみれの肉を1口で食べた。

 少し塩辛いながらもなかなか美味しいなとぼんやりと思いながら咀嚼していると、



 日本に戻ってきた。取り敢えず夏雄は肉を飲み込んだ。なかなか美味しかった。

 もう少し食べたかったが帰ってきたものは仕方が無いので、いつものように付箋を確認した。

『ハツの焼き肉を食べて牛を殺す』

「食育かなんかかよ」

『PS. 残ったお肉は私がタッパーに詰めておきました。明日の弁当を四字熟語で表すなら焼肉弁当です』

「前置きいらんだろ」

この小説はグルメ小説でもホラー小説でもないです

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