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家庭教師 アベル=アロンソ



 ソルホート家次期当主と目されている、シグレス=ソルホートは眉目秀麗、文武両道、おまけに性格も基本的に穏やかで使用人に対しても、分け隔てなく優しい。非常に優秀であると内外で認められている。


 確かに、優秀ではある。あるのだが、それだけではないというのは、シグレスの家庭教師の中でも、魔法についてを扱う、アベル=アロンソの言だ。


 シグレスは魔法の授業には特に熱心に取り組んでおり、また才能にも非常に恵まれていた。そのため、それを教えるアベルもまた、一般的に『天才』などともてはやされるような部類であった。


「なあ、魔法ってのは、四元素とその上に存在するとされている、第五元素である霊だかエーテルだか空だかで構成されてるんだよな?」


「ええ、その通りです、坊ちゃま。稀にそれ以外の属性が発現する者もいますが、ほとんどの場合、それを扱いきるのは非常に難しいと言われております。何せ、教えることができるような教師がいませんからね。ついでに言うと、空、霊やエーテルを発現する人間は、それこそ伝説に謳われる英雄たちであっても、ごく一握りのものしかいません」


 ちなみに、四元素のさらに上に存在する霊や空に類する属性を持った人間は他の四元素すべてを使えるとされている。


「でも、そういう伝説って信憑性薄いんだろ?ホントにいるのかねえ、二重属性でさえごくごく一握りしかいないってのに」


「まあ、その通りですね。机上の空論などと言われているそうです」


 言葉遣いについては…まあいい。少々粗野なところはあるが、公の場では、きちんとした敬語も扱えるのだから、さして大きな問題ではない。それに、アベルに対しても一定の敬意を払っているため、放っておいている。精々、旦那様が眉を顰めるくらいだ。


「机上の空論ねえ…ってことは理論だけなら証明されてるってわけか。ふうん、だったら――」


 そう、これだ。どんなに優秀であっても、彼には一つの悪癖がある。


「―エーテル、作れねえかな?」


 時々、突拍子もないことを言いだし、尚且つ実行しようとするのだ。






 裏庭へ出たはいいが、思わず溜息がこぼれる。シグレス曰く、


「世界を構成しているのが四元素で、その上にある属性が霊ってのが、万能とかなんだろ?俺の考え的に、その霊とかエーテルってのは、もしかしなくても、四元素を混ぜ込むことで発現するんもんじゃねえのかな~って思ったんだよね。だから、混ぜれば作れるんじゃね?みたいな」


 何言ってんだコイツ。仮にも生徒に対して、そんな目で見てしまうのは教師失格かもしれない。

 いや、言っていることは分かるのだ。つまるところ、エーテルは万能であるが故に、世界を構成する四元素すべてを内包したもの―ひいては、四元素を掛け合わせたものこそがエーテルと言われるような代物ではないのか、ということであろう。実際にその着眼点は鋭く、そういった説もある。自力でたどり着いたとしたら、彼は非常に優秀だ。そう、言いたいことは分かる。分かるが、


「危険です!魔法がどれだけ危険なものかは、坊ちゃまだって理解しているでしょう!?」


 仮にも公爵家の嫡男がするようなことではない。


「実験に危険はつきものだろ。安全な実験とかすでに実験じゃねえだろうに。まあ、死にたくはないけど、腕の一本くらいならへーきへーき。最近の義手は凄いとかなんとか聞くし」


「坊っちゃんの腕が飛んだら、一緒に私の首も飛んでいくのですが!?」


「その時は、まあ、ゴメン」


「いや、ゴメンで済むと思ってるんですか!?」


 このガキ、一回本気でシメてやろうか、と思うのは、これが一度や二度どころではない。実際勢いあまって、一回シメたが、次の日にはふざけたことを懲りずにぬかしやがったので、半ば諦めている。


「それに、坊ちゃんはいくら優秀とは言っても、私と同じ、『三重属性』でしょう?どうやって混ぜようというのですか…」


「いや、先生と俺が被ってんのって、二属性じゃん?そこで、ほら」


 この時ばかりは自分の賢さを呪った。つまるところ、目の前のクソガキ様は、他ならぬアベル自身に、残った属性を埋めるよう言っているのだ。言い換えれば、実行犯の片棒を担がせようとしているのだ。


「ほら、じゃねーよ、クソガキ」


 思わず、ブイブイ言わせていた(死語)頃の言葉が出てしまったが、致し方ないだろう。


「先生、本音出てるから。あと、昔の口調に戻ってるから」


「おっと、失礼しました、坊っちゃま。しかし、やはり承服致しかねます。自らの魔力と他人の魔力とを同調させるのは至難の業です。更に危険度は増します」


 しかし、シグレスはその言葉に対してむしろ笑みを深め、


「至難の業、ねえ…つーことは、先生には出来るわけだ」


 そこで初めて失言を悟る。そう、自分は「出来ない」とは言わなかったのだ。それは他ならぬ、魔法における『天才』故の自負から来る失言であった。


「…ええ、まあ、私ならば或は不可能でないことは否めません」


 実際問題として、十分に挑戦するだけの価値はある。良くも悪くも、シグレスは勘も良いし、一般的な魔法使いが怠りがちな魔力の微調整も上手い。あとは自分が彼に合わせるだけで良い。難しいことではあるだろうが、自分なら可能だと自負している。正直な話、魔道を探求するものとして、興味も惹かれるものだ。だが、


「それでも、です。危険を伴う以上、その話を受け入れることは―」


「おっと、こんなところに専属侍女のサティが見に行きたがっていた、劇のチケットが都合良く二枚あるぞ?これ、手に入れるの凄く難しいんだよな~。て言うか、しばらくは手に入らないかもな~。あまりに人気過ぎて抽選になってるしな~」


 アベルが答えるよりも早く、長台詞をスラスラと棒読みで話すシグレス。

 因みに、シグレス専属侍女のサティは見た目良し、性格良し、スタイル抜群の女性で、もしも公爵家の侍女でなければ、どこぞの貴族の妾にされてしまっただろうともっぱらのうわさでもある、アベルの片思い中の相手だ。


「―出来ますん」


 危なかった。ギリギリこらえた。ちょっとこらえきれてない気もするが、断定表現は避けることができた。


「ちっ、あともう一押しか…」


「ン、ンンッ!何のことですか、坊ちゃま?一押しも何も、もので釣ろうなどとは公爵家として―」


「あ~、サティの休みの日がここまで出かかってるんだけどな~。ここ一か月のスケジュールがあと、ちょいで出てきそうなんだけどな~」


「やりましょう、坊ちゃま!魔道の発展と私のために!なに、防御結界を施しておけば、危険もありませんよ!」


 そう、これは他ならぬ魔道の発展への寄与なのだ。断じて、物につられてとかではない。ちょっと私情が入ってるかもしれないが、あくまでも、自身の学術的探究心に基づいたものである。


「うんうん、俺はアベル先生のそういうとこ好きだなあ」


 差し出された封筒はあくまでも、シグレスのアベルへの敬意を込めた、日頃の感謝のしるしであって、断じてやましい裏取引などではない。きっとそうだ。







「では、話も済んだことですし、始めましょうか」


「お願いします、先生」


 シグレスもアベルも先ほどとは打って変わって、真剣な表情になる。怪我をさせない自信は、アベルにもあるが、これから作る代物を考えれば、予想外の事態というのは十分に起こり得る。決して油断できるものではない。


「シグレス君、今回使うのは、この宝石です。比較的不純物の少ないものを用意しました。なぜかはわかりますね?」


 シグレス君呼びは、これから始まる授業が非常に重要であり、危険であることを示している。先生と生徒という関係を明確に位置づけ、必ずこちらの指示に従え、との意味を暗示してもいる。


「はい、純度が高いほど魔力伝導効率がいいからですよね」


 魔力伝導効率とは、その名の通り、魔力を通しにくいか通しやすいかといったことだ。純度が高いほど魔力を多く込めることができる。宝石の大きさによっても左右されるが、純度の高さによる変化のほうが大きい。


「その通り。知っての通り、宝石には魔力を溜め込むことができます。溜め込むには一定の技量が必要ですが、その点はシグレス君はクリアしているので問題ないでしょう。本来は魔力を溜め込み、引き出すといったことでしか使うことができませんが、一度限りであれば、『魔宝石』という使い方もできます。魔宝石については理解できていますね?」


「はい」


 『魔宝石』とは、魔法をストックし、一度限りであれば、発動できる代物だ。一般的に存在する『スクロール』という代物と似てこそいるが、スクロールはあくまでも術式が刻み込まれているだけで、魔力を流さねば発動できないのに対し、魔宝石はそもそも魔法という現象自体が宝石の中に入っているため、宝石から魔法を引き出す感覚で、発動でき、魔力が必要ないのだ。ただし、発動してしまえば、宝石は四散してしまう。加えて、ある程度魔力伝導効率が高い、ひいては不純物が低く、純度が高いものでなければ魔法自体を込めるといった作業難しいため、あまり好まれないものでもある。


 しかし、こと魔法の実験に限れば、大きなメリットもある。魔法とは、本来体内の中で生成された魔力を術式通りに置き換えて放つといったものであり、全て自らの体を器に見立てた上で行われる一連の作業だ。つまるところ、自らの体、という容器がなければ、魔法を作り出すよりも早く、魔力が霧散してしまうのだ。そこで、その容器に代わるものとして、宝石を利用することができるのだ。威力が高く、暴発する危険性がある魔法などは、失敗すれば、それこそ体が爆発四散し、あっという間にグロ画像の完成…ということだって十分にあり得るのだ。そんなことになれば、ただでさえ魔法をまともに扱える人材が少ないのに、更に少なくなりかねない。そこで、研究のためにこういった方法が確立されていったのだ。


 そのため、応用として、今回のように、術式らしい術式を扱うわけではなくとも、危険度の高い魔法関連の実験を行う際にも用いることができる。


「では、説明はここまでにしましょう。早速ですが、シグレス君、宝石の中に質も量も均等にしつつ、それぞれの属性の魔力を流し込んでいってください。私が隣で『同調』して、残る一属性を補填する形で流し込みます」


「はい」


 『同調』とは、その名の通り、他人の魔力と自分の魔力とをシンクロさせるものだ。理屈こそ簡単ではあるが、それに反して、非常に難しいものであり、努力よりも生来のセンスが問われる分野であるため、たとえ、王宮勤めの魔法使いであっても、出来るほうが少ない。言ってしまえば、寸分違わず、相手と自分の動きを合わせるようなものであり、非常に繊細なコントロールと集中力が要求される。


 アベルが持ってきていた予備の宝石の一つに込められた防御結界を展開した後、徐々にアベルの持ってきた宝石にシグレスの魔力が込められていく。それに『同調』して、アベルもまた残る一属性を流し込んでいく。ちなみにそれぞれの属性の内訳は、アベルは風・火・土、シグレスは風・水・土である。そのため、アベルが込めるのはシグレスの属性にない火である。


 やがて、均等に流し込まれ、その四つを宝石の中でもって、徐々に混ぜ合わせていくと――


「「!!」」


 瞬間、アベルとシグレスの二人が強い光に包まれる。二人は慌てて術式を解き、防御態勢をとる。

 しかし、すぐさま光は止み、残るのは魔力を込めていた宝石のみ。


「ううむ、防御結界に特に変化もありませんし、もしや成功したのでしょうか?」


「とりあえず、アレ触ってみます?」


「いえ、待ってください。何が起きるかわかりませんし」


 そう言って、アベルはその辺の小石を宝石に向かって軽く放る。見事に宝石に命中したかと思うと、次の瞬間、


「マジか…」


「これは…」


 一瞬で、宝石が()()した。それは、長年魔法に携わるアベルでさえも驚くべき光景だった。



 ――そう、こんな光景を、まだ見ぬ奇跡を見せてくれるからこそ、このシグレス(クソガキ)の家庭教師を続けているのだ。一緒に笑い、一緒に驚き、一緒になって怒られる。そんな当たり前であり、人間的な温かみを教えてくれた。

 これは、一人の『天才』が一人の『問題児』に救われたお話。





 余談だが、侍女のサティとのデートは、誘うことには成功したが、盛大にキョドったアベルにより、(本人的には)散々な結果となり、後日、生徒の前で涙ながらに愚痴る、情けない家庭教師の姿が目撃されたらしい。ちなみに、生徒はその話を聞いて腹を抱えて笑い転げ、その後怒り狂った教師に追い回されていた。





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