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始まった日



 夜。草木も眠る丑三つ時。その部屋には明かりが灯されていないながら、どことなく高貴な雰囲気を漂わせていた。恐らくそれは窓から差し込む月や星の光がその部屋にある、家具や部屋のデザインなどが淡く照らし出されているからだろう。その一つであるベッドから一つの人影が身を起こしていた。


「うーむ、どうしたもんかね?」


 ぼんやりとそんな言葉を呟くのは一人の少年。見たところ未だ十歳にも満たない年端も行かぬ少年だ。そして、そんな少年におよそ似つかわしくない、どこか渋い表情と口調であった。それも無理はない。他ならぬ彼の状況を考えれば当然のことだからだ。


(うーん、大学生が十歳の体になるって、どこぞの体は子供、頭脳は大人な某名探偵みたいな状況だな。あの場合は高校生だったか。というか、前から思ってたけど、高校生って大人じゃなくない?まあそもそも、俺の場合は若返ったって言うか、別人になってるんだけど)


 と、そんな関係のないことにまで頭をめぐらせていたところで、ベッドから立ち上がり、近くに備え付けられた鏡を見る。そこにいたのは、通常ではありえないであろう銀髪に透き通るような碧い瞳を持った美少年。どう見ても黒髪黒目の一般的な日本人ではない。まあ、厳密に言えば自分の目の虹彩は茶色だったと言った方が良いかもしれないが、それはおいておく。


(夢でもみてんのかね?明晰夢ってやつか?)


 それでもここまで現実に近くなるものなのだろうか。一応、お約束として頬をつねってはみたが、普通に痛かった。では、匂いはどうかと言えば、これまたはっきりと匂う。外の土の匂いや植えられている花の芳しい匂いまで嗅ぎ取れる。地味に高性能だ。


「うん、諦めよう。いや、そもそも記憶残ってる時点で諦めはついてたけど」


 そう。この少年自身の記憶こそ残ってはいたのだ。更に言えば、それを正しく自分の記憶だとも思えている。何と言うか、記憶喪失であった状態から全てを思い出した感覚といったものであった。まあ、少なくとも今自分のいる現状は把握できた。それだけでも良しとしよう。


「それに、凄まじくイケメンになりそうな顔だしな。ってか、既にイケメンだけど」


 少なくとも以前の自分の慣れ親しんだ、よくて中の上クラスの顔とは比べるのもおこがましいレベルだ。しかし、それはそれとして、


「この顔どっかで見たことあるような…」


 しかも、思い出した前世の自分(仮)の世界での話だ。何と言うか、アニメや漫画のキャラクターを実写化してみました。みたいな感じで似ている気がする。まあ、実写化でキャラクターと実際の演者が似ることはあまりないのだが。


「うーん、ここまでのイケメンが出る漫画とかだったら、(バカ)の部屋で見たことがあるってことか…」


 もっと言えば、基本的に(バカ)の読むような漫画やアニメが好きではない自分ですら記憶に残るほどに(バカ)が熱心だったものということだろう。


 ちなみに先程から口にしている(バカ)は前世での話で、正体はディープなオタクだ。尚且つ俗に言う腐女子でもあった。前世の自分は当初、あまりそういう方面に興味を示していなかったのだが、妹のお陰と言うか、妹のせいと言うか、それなりにそういったサブカルチャーに詳しくなってしまった。とは言っても、今時そういった趣味を持つこと自体珍しくなかったので、むしろ交友関係が広がった。そう言う意味では感謝してもいいかもしれない。


「まあ、そんなことよりも情報の整理だ。えーっと、確か俺自身の素性からあたりをつけていってみるか」


 この少年兼自分の現在の名前はシグレス=ソルホート。公爵家という、こう言っては何だが自分の家より上の立場となる人物は王族しかいないという、中々にぶっ飛んだ立ち位置の人間だ。シグレス、それに公爵家。聞き覚えがある。あとちょっとのところが思い出せない。次はこの国シルゼヴィア王国についてだ。確か第一王子と第二王子がいて、王女が第四王女くらいまでいたはずだ。そこで何か引っかかるものを感じた。

 おかしい。第四王女と今自分は考えたか?そうだ。おかしいのだ。この国には、本来であれば、()()()()など存在しない。するはずがない。彼女は事故に巻き込まれ、とっくの昔に()()()()()なのだから。そんな情報を未だ(身体だけは)幼い自分が知っていること自体おかしい。


「あ」


 そこまで考えたところでふと気付く。道理で見たことがあるはずと言っても、シグレスがここまで思い出せないわけだ。何せ、前世の自分とサブカルチャーの中でも最も縁遠い、女性向けの恋愛ゲーム、俗に言う乙女ゲームでの話なのだから。


「ああ、思い出した。完璧に思い出した。そして何か複雑な気分…」


 何故自分がこの名前に聞き覚えがあったのかをようやく理解できた。前世で妹が「マジ、シグレス様神。結婚したい」と一番に押してくるキャラでもあったからだ。


「うわあ、妹に攻略されてる自分を見てたってことになんのか…何て言うか、うわあ…」


 もはやそれ以外の言葉が出てこなかった。恐らく、妹も攻略していた対象の中身が兄だと知ったら、同じ感想を抱くだろう。


「いや、もうそのことに関して今は考えまい。取り敢えず、自分がどんな存在だったかは分かった。じゃあ、これからどうするかだ」


 そう自分に言い聞かせることで、頭を切り替える。この世界が前世で妹がやっていた乙女ゲーム、略して乙ゲーである世界観に近いか同じであることは明白だろう。そして、そうなると、ここでの主人公は死んだと思われて実は記憶喪失な第四王女である、ルシエラ=シルゼヴィアということだろう。

 このゲームの概要としては、彼女は事故後何だかんだで農村の老夫婦に拾われたはいいものの、記憶喪失となっており、そのまま農村で生活。その後何やかんやでメイドとしてお貴族様方の通う学校で働くことになり…的な感じで、貴族の坊ちゃんたちとキャッキャウフフな愛の物語を繰り広げるというものだ。そして、大体どの男性キャラを攻略しても、というよりしている途中で彼女の本当の生まれが分かり、身分違いの恋からハッピーエンドへと向かうことになると言うのが大筋の流れだ。


「自分で言うのもなんだが、よく覚えてたな俺…」


 まあ、妹から仕込まれたのだが。来る日も来る日も朝食時にそんな話をされれば、嫌でも覚えるというものだ。


「んー、あと、確か…」


 あと1つ自分が覚えていることと言えば、シグレスのことについてだが、


「確か、婚約者だっけか?」


 そう、ヒロインのライバルキャラとなる悪役令嬢がいたはずだ。しかも、それはシグレスの婚約者だ。つまるところ、シグレスのルートを攻略しようとすれば、必然的にぶつかることとなる。つーか、これって婚約者寝取ってるくね?と前世時に妹に言うと、「シグレス様だって望まぬ結婚だったんだよ!それに、略奪愛って…燃えるやん?」取り敢えず妹の頭を引っ張叩いておいた。妹の将来が心配になった。


 まあ、それはともかく、望まぬ結婚となると、大方政略結婚だろう。公爵家ともなると、往々にしてあり得る話だろう。


「うーむ、婚約者婚約者…名前なんだっけかな?」


 ビジュアルは覚えているのだが、如何せん名前が思い出せない。それなりに爵位も高かった気がする。まあ、公爵家相手なのだから、当然ではあるが。


「考えても無駄かなぁ。思い出せないと、もやもやするだけだからな~」


 幸いにも今は夜だ。考える時間はたっぷりある。まあ、婚約者の名前に関しては今は置いておこう。どうせ、その内話が来るだろう。考えるのはその時でも遅くはない…と思う。


「まずは俺自身がどうしたいか、か…」


 この国は大体中世ヨーロッパのような世界観だ。ただし、魔法が使えるというファンタジーな部分を除けば、の話だが。となると、やることは一つ。


「魔法を使えるようになろう」


 折角ファンタジーな世界観なのだ。楽しまねば損というやつだ。


「うん、難しいことを考えるだけアホらしい。このシグレスボディは超が付くくらい優秀だから、概ね問題無いだろ」


 曰く、容姿端麗、頭脳明晰、剣もかなりの使い手で、魔法までそつなくこなし、おまけに情に厚いとまでくれば、むしろ欠点を探すのが難しい。

 とは言っても欠点が無いわけでは無い…らしい。流石にそれがどんなものかまでは知らない。もしかしたら聞かされたのかもしれないが、少なくともシグレスの記憶には残っていない。


「まあ、別にいいか。生きていく内で困るもんでもないだろ」


 そこはかとなく不安が残るが、分からない以上気にしても仕方ない。


「よし、方針も決まったところで……寝るか」


 今更かもしれないが、子供の起きている時間ではないだろう。それに正直ものすごく眠たかった。身体が子供であるためかもしれない。大学生もいつも眠い生き物ではあるが、その気になれば、一度徹夜したくらいではそこまで苦にならなかった。

 しかし、今の体では正直、こんな時間に起きているのさえも辛い。それに、この年齢で無理をしても成長が阻害されるだけだ。決めるべきことは決めたのだから、ここは素直に欲求に従っておくべきだろう。


 そう考えつつベッドに倒れこむと、意識はすぐに夢の世界へと落ちていった。





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