One day -5-
ゾンビを狩る時のコツは、まず観察すること。
生前の年齢、欠損部位、動きの癖に至るまでじっくりと観察し、その個体の能力を測る。
転化すれば一律同じ個体に成り下がるのではなく、ゾンビにも依然個性があるからだ。
例えば、目を欠損したゾンビは代わりに聴覚と嗅覚に優れているであったり、常に唸っているゾンビは獲物を発見すると叫び声に近い唸り声を出して周辺の個体を集めるといったことがある。
また、ごく稀に短距離ランナー顔負けのスピードで走ってくる個体もいる。
これ以外にも細かい個性をもつゾンビは多々あるが、特に厄介なのは、大声で唸る‘‘ラウダー‘‘ゾンビと動きの速い‘‘ランナー‘‘ゾンビだ。
という訳で相手の力量を見誤れば、自分も彼らの葬列に加わることになることを俺は肝に銘じている。
今回の相手は、見たところ60代の女性のようだ。
目立った欠損部位は左腕で、ほとんど肉がなく上腕骨だけがぶら下がっている状態になっている。
右足を軸足にして、左足を引きずり、同じ範囲を先ほどからぐるぐると周っている。
そして、こちらに気づいている様子はない。
経験的にこの類の個体の危険度は低い。
それというのも、生前の推測年齢と足の動きでまず最も危険なランナー個体の条件から外れ、左腕が欠損しているため腕の力も半分だからだ。
そして何より、同じ場所を行ったり来たりしている個体は判断能力がかなり鈍く、突然の攻撃に対応してくることはない。
以上の条件から彼女は始末することが妥当だ。
一体の力は微弱でも、束になれば脅威である。
その脅威を一体でも多く、減らせる時に減らしておくのがセオリーだ。
周囲を見渡し、彼女を始末するうえで、他の要素が絡んでくる可能性がないことを再確認する。
それが終わると、俺は5m先の彼女のところまで一気に駆け寄り、手にしていたパイプと包丁で作った薙刀を正面から喉元に目がけて突き刺した。
サクッという軽い感触で始まり、すぐにそのままゴリッと頸椎に刃先が当たる感触が手に伝わる。
脳天を狙っても良いが、それだと頭蓋骨に包丁が負けて折れてしまうことがあるため、頸椎を切断して動きを止める。
初老のゾンビは、口からゴボッと黒い血を少し吹き出しながら、こちらを凝視した。
その赤い眼には、怒りや驚きの感情はなく、ただただ目の前の青年の血の滴る肉で空腹を満たそうとする必死さだけが伝わってくる。
その姿は、まるで地獄絵図に登場する餓鬼のようだ。
冷静に薙刀を引き抜き、間合いを取るために後方に下がって、再度同じ箇所を突き刺す。
突き刺し、間合いを取り、突き刺し、間合いを取る、点の攻撃の繰り返しで動きが止まるのを待つ。
攻撃は線の攻撃より点の攻撃のほうが圧倒的に消費する体力が少ない。
ファイアーアックスのような打撃と切れ味を併せ持つ線の武器は、ゾンビの頭を一撃で叩き割るかもしれないが、そのためには斧を振り上げる体力と骨を切断する体力を消費する。
また間合いに入らないと力を発揮することができないという欠点もある。
それに対してこの包丁と鉄パイプをビニールテープでつなげた簡易薙刀は線の動きに使う耐久性能はないが、突き刺して抜くという切れ味のみに任せた点の動きと間合いの確保に優れる。
また包丁の部分を交換すれば、刃先が欠けても何度でも使用できる利点もある。
俺はこの点の動きを5回ほど繰り返し、初老の頸椎を切断した。
頭と連絡を絶たれた身体は、支えを失った人形のように崩れ落ちる。
その場から立ち去ろうと歩き出すとカチカチと歯を合わせる音が聞こえてきた。
振り返り、憐れな頭の動きを止め、俺は帰宅を再開した。