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絶滅世界 (ZOMBIE LIFE)  作者: バネうさぎ
桐山のゾンビサバイバルガイド
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桐山のゾンビサバイバルガイド -13-

タッタッタ....。

 アスファルトを細かく爪で引っ掻く音が俺を三角形に囲うように鳴り響く。音の正体は、車両の隙間から影とともに一斉にその姿を現した。

 それは四足歩行で、体長は1m。全体的に体毛が薄く、あばら骨が浮き出て、むき出しになった灰色の皮膚は象皮のような質感をしている。

 その生き物がむき出しにした歯茎には血がべっとりとこびりついていたが、それは病気によるものだと俺は思った。

 3匹とも大きさも様相も似通っており、一見すると区別がつかない。

 だが、それが犬だと理解するのにはさほど時間はかからなかった。首輪をしていたからだ。

 犬は前方5mで左右に行ったり来たりを繰り返しながら、俺の様子を伺っている。俺は隙を見せまいと車両を背にしながらその姿を順に剣先で追った。

 

 犬の祖先のオオカミは集団で狩りをする。その遺伝子は牧羊犬が集団で羊を追う姿からも確認できる。

 彼らは人間がいなくなったこの数か月で野性を取り戻し、かつての主人を餌だと認識したのだろうか。それとも変形菌はついに人間以外の生物も宿主に選んだのか。

 後者であればまさに絶望の一言だが、可能性は否定できない。

 

 犬達は低く唸り声をあげながら、俺の周りを相変わらず周回していた。

 飛びかかろうとするが、俺がそれを予備動作から察知して薙刀で阻むので、攻めあぐねているようだ。


 腕時計を確認する隙も見せられないので、正確にどれくらいの時間が経ったかわからないが膠着状態はしばらく続いた。

 同じ場所から動けないので、足には乳酸がたまり、武器を握る力も徐々に緩んでいく。

 俺はこの状況を打開しようと、一か八かで叫んだ。

 「お座り!!」

 すると犬達はびくっと身体を震わせて、その場に静止した。

 俺はその瞬間を見逃さず、背後の車両の屋根に素早く登った。

 間をおいて3匹が俺の後を追ってくるが、犬がジャンプしてもギリギリ届かない車高があったため追撃を逃れる。

 

 3匹は車の周囲をしばらくうろついた後、1匹が唯一のルートであるボンネットからの侵攻を試み始める。

 それを阻むため、薙刀を伸ばし、ボンネットにかけられた犬の足に刃先を当てた。すると犬は甲高い悲鳴をあげてボンネットからのけぞるように退いた。

 

 俺は途端に凄まじい罪悪感に苛まれた。

 この犬には痛覚がある。つまりはゾンビ犬ではない可能性が高い。

 

 俺は昔から犬が好きだ。悪口も陰口も言わないし、人間と違って見た目も心もいつまでも愛らしいからだ。

 映画「アイ・アム・レジェンド」で主人公は飼い犬のサムを人間のように扱い、その心の寂しさを埋めていた。

 俺もそれに憧れた。

 始めの頃こそ世話をする余裕はなかったが、もし犬と出会うことができたら、家族の一員に迎えようと常々思っていた。

 そんな中で、本日このような出会いをしてしまった。

 俺の脳裏に3匹の飼い犬だった頃の無邪気な姿がよぎる。その想像と今では犬種が分からなくなるほどに変貌してしまった彼らとのギャップに憐れみを覚えた。

 

 俺は背負っていたリュックサックを下ろすと、中からスナック菓子を取り出し、袋を少しだけ開封すると3匹の方に放り投げた。

 3匹は投げられたものに驚いてその場から後ずさったが、隙間から微かに香る食べ物の匂いにすぐに引き寄せられ、鼻先でスナックの袋を転がし始めた。

 

 俺なりの罪滅ぼしのつもりだ。

 それを彼らが感じ取ってくれるかはわからないが、今これをしないと俺の方で罪悪感が尾を引いてしまうと思った。

 

 「さてどうするか....」

 一旦、感情に折り合いをつけた俺だが、まだ問題は解決していない。

 

 どうやってここから離脱しようか....。

 それを考えながら屋根に座り込んで3匹の様子を見ていると、突然一匹が顔をあげて、耳をピクピクと動かしながら遠くを凝視し始めた。

 それに続いて他の2匹も同じ方向を見る。3匹はどうやら俺がこれから向かおうとしている方角を見ているようだ。

 「なんだ?」と心の中で疑問に思ったのも束の間、3匹は菓子の袋を咥えてそそくさと反対方向へ走り去って行った。

 

 問題は簡単に解決してしまった訳だ。

 だが、嫌な兆候だ。

 俺はその場で立ち上がった。


 気持ちの良い朝日に顔面をまともに照らされ、目の前の景色が真っ白になる。

 俺は目を細めながら、手で影を作って視界を確保した。

 この高さなら視界を遮る障害物はほとんどなく、遠くまで見渡せる。そう見たくないものまでも。

 

 蟻ほどのサイズの何かが動いているのが見える。

 その数は百や二百できかない。俺が先週、襲われた時よりも明らかに多い。

 

 俺は双眼鏡を取り出し、様子を観察することにした。 

 この距離では表情までは確認できない。ただゾンビ達は俯きながら、ふらふらとこちらに向かって歩いている。

 見たところ興奮している様子はなく、幸いなことにこちらの存在に気付いている様子もない。

 目を向けた一体一体の衣服が風雨と降雪で擦り切れ、感染してかなり時間が経つことを物語る。

 衣服が綺麗なゾンビがいれば、その方向に最近まで生存者がいた証だ。しかし、注意深く探してもそのような個体は見当たらなかった。

 

 奴らは俯きながらも不思議と障害物や他のゾンビにぶつかることがない。

 獲物を認識するまでは、まるで何かに操られている夢遊病患者のようで、意識というものが感じられないが進路も速度も乱さない。

 完璧に統率のとれた軍隊だ。制御できれば生物兵器としては最高の作品だろう。

 

 俺は双眼鏡から目を放し、車の上から降りた。

 さっきの犬達に出会っていなければ、至近距離からあれに出くわしていたかと思うと背筋が凍る。

 

 俺は国道沿いに並び立つ建物に目を向けた。

 あの集団とこの場所の距離は目測で400m強。奴らが時速4kmで歩くとしてここに到達するまで6分以上。

 今回は隠れるまでにたっぷりと時間がある。

 できれば中古車店に逃げ込んだ時のように中が丸見えでない建物がいい。

 俺は近くの3階建ての雑居ビルに目を付け、悠々とそちらの方へ歩みを進めた。

 1階のガラス張りの眼鏡屋を無視し、隣のコンクリートの階段を上る。

 2、3階の店舗の案内板には、○○司法書士事務所だの有限会社○○だの胡散臭い会社が3つあるだけで、後は空室のようだ。

 俺は3階まで上がり、国道に面した司法書士事務所にお邪魔することにした。

 ガラス扉のノブの近くを叩き割り、隙間から手を入れ、鍵を開ける。


 ドアを開いて中に入ると日の光に照らされて埃が舞っているのが見えた。ここも長い間放置されていたようだ。

 中は20畳程度の広さで仕切りはない。高級感の漂うソファーと4台のオフィスデスクが置かれている以外には茶色く変色した大量の紙の束が目に付くだけだ。

 

 移動した際に生じた風圧で空中の埃の動きが乱れるのを感じながら、俺は窓際に向かった。

 外の様子を伺うが、窓を閉めた状態ではゾンビ達の様子は死角になっていて見えない。かといって窓を開けて顔を出してまで確認するのは危ない気がした。

 

 「後5分か....。長いな」

 俺はソファーに腰掛け、その柔らかさに身体を委ねて、目を瞑った。

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