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絶滅世界 (ZOMBIE LIFE)  作者: バネうさぎ
桐山のゾンビサバイバルガイド
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桐山のゾンビサバイバルガイド -9-

 「うえあ゛あ゛あ゛あぁあぁ」

 そのひと吠えを皮切りにまるで伝言ゲームでもするかのようにゾンビ達は前列のゾンビに後ろで起こった新しい刺激を受けて振り返る。

 「死」の伝言ゲームは新しい獲物がここにいることを正確に伝達し、ゾンビ達の視線は一斉に俺に集まる。黄色や赤に変色した不気味な目がしっかりと俺を捉える。

 

 逃げられない....。

 直感で悟る。

俺は足元に転がる石を掴み、それをショールームのガラス目がけて精一杯のフォームで投げた。

 投げられた石は歪なカーブを描きながら見当違いの方角へ飛んでいく。

 思い切り悪態をつき、次の石を掴む。

 

 我ながら情けない。

 

 ここからショールームのガラスへは15mほどしか離れていないが、ゾンビ達の隙間を縫って狙って当てることは"ノーコン"の俺には至難の業だ。

 仮に当ててガラスを割れさえすれば音でゾンビ達の注意を逸らし、車へ逃げるだけの時間を稼ぐことができる。

 再び掴んだ石を先程と同じフォームで投げ込む。

 またはずれ。

 

 そうしている間にすでに後列の5、6体のゾンビが俺の傍まで迫ってきていた。

 俺は石を投げることを辞めて素早く薙刀を拾うと、それを武器ではなく杖代わりにして一番近くに見えるシルバーのミニバンまで最高速で駆けた。

 ゾンビ達は後方2mまで迫ってきており、俺の移動速度を計算に入れると車までたどり着けるかは五分五分だ。

 

 欲をかいてしまった。

 すぐに駆け出していればもう少し余裕を持って逃げることができたかもしれない。

 後悔が頭の片隅によぎるが、今はとにかく一分一秒でも速く前に進むことが先決だ。もし逃げ切れなければ反省会を開く脳みそも喰われてしまうのだから。

 

 突如俺の耳を鋭い破砕音がつんざく。

 全身を鋭利な刃物で刺すようなその音はゾンビ達との距離を測るため後方に意識を向けていた俺の鼓膜を通過し、全身の毛を逆立たせる。

 ゼロコンマ5秒、身体の動きを止められたと錯覚する間にショールームのガラスが破砕したことを理解する。

 そのあまりの幸運に思わず息が引きつり、ベストな状態で保っていた呼吸のペースが乱れるもスピードは落とさない。

 俺は後ろを振り向くことなく、ミニバンまで一気に距離を詰めた。あと20m以下。

 先ほどまですぐ後ろで聞こえていた厚い布を引きずるような大勢の足音と死の讃美歌は遠くなり、俺の心に徐々に安堵が生まれる。

  

 いける。逃げられる。

 心の余裕が俺に後ろを振り向かせる。

 俺の後方10mには目算で200を超えるゾンビが皆ほぼ一律のスピードを保ちながら一直線に俺目がけて突進してきていた。

 頬はこけ、はらわたを引きずり、片手片足を欠損しながらも、どのゾンビの目も俺を必ず食べるという意思に満ちている。

 その強すぎる殺気と迫力によって一瞬で全身から冷汗が噴き出すのを感じる。


 俺はミニバンの乗車席側のドアの前まで行くと緊張しながらドアハンドルを手前に引いた。ハンドルは正常に作動し、ドアミラーのランプをオレンジ色に点灯させながらドアは開いた。

 薙刀を後部座席に滑り込ませて自分も乗り込み、素早くロックをかける。

 ミニバンは7人乗りくらいの広さで、芳香剤もなく新車特有の匂いがする。ゾンビの腐敗臭とも知れない激臭にまみれた俺が乗り込むにはなんだか申し訳ない気もする。

 

 だがそうも言っていられない。

 俺の乗るミニバンには一足遅く追いついてきたゾンビ達が次々と車体に血の手形をつけていた。車体を手のひらで叩く音が車内にこだまする。

 

 「か、鍵!」

 秒単位で増えていく取り巻きに俺は慌ててポケットの中に手を入れキーを探す。200体に囲まれればこの大型の乗用車でも走行不可能になるに違いない。

 手探りでキーを取り出し、一つ一つ鍵穴に挿そうとするもどうも手が震えてスムーズにいかない。

 

 違う。

 これも違う。

 こうしている間にもゾンビ達はボンネットに乗りフロントガラスに衝撃と血の跡をつけていく。

 

 「焦るな....焦るな....」

 俺はとりあえずポケットにあるキーを全て助手席に置いて自分の今乗っているミニバンのメーカーのキーを選んで挿した。

 「よし!」二つ目が鍵穴に適合するのを確認する。右足の邪魔なギプスを外し、ブレーキを踏みながらキーを回す。久しぶりの駆動でキュルキュルとかすれた音を鳴らしてエンジンは空回りする。

 もう一度回す。今度は先ほどより長く回るが再びかすれた音を放って空回りする。

 キーを握る手が汗ばみ、心臓の鼓動が早くなる。前後で合計6枚あるドアガラスにはゾンビが隙間なく張り付き、フロントガラスも3体のゾンビにより完全に視界を遮られている。狭い空間でそれも至近距離から受けるゾンビによるプレッシャーは俺の心理状態を徐々に狂わせる。この車が動かなければ、俺は死ぬ。生存に対する単純明快な解答だが確実な解答だ。

 懲りずにもう一度キーを回すとようやくエンジンは断続的にその音を轟かす。

 

 サイドブレーキを下ろし、ギアをドライブに入れる。

 車の運転免許は持ってはいるが、実のところ教習所を3年前に出てから一度も車を運転していない。実地試験で2回も落ちたので乗りたいとも思わなかったのだ。

 とりあえずはアクセルを踏む。

 ブウンという音を立てて、車は急発進する。

 何体かのゾンビを轢き、俺が驚いてブレーキを踏むと、ボンネットにいたゾンビは慣性の法則で正面に駐車してあった赤い車まで飛んでいき、フロントガラスに衝突する。

 ハンドルを回して左に旋回し、車道に向かう。

 途中、数十匹のゾンビをミンチにしながら車体を赤に塗り替え、ようやく車道に一歩踏み出した。

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