桐山のゾンビサバイバルガイド -6-
ガラス一枚隔てた外で二足歩行の奴らが俺の一挙一動に大騒ぎするので、俺は壇上のストリッパーにでもなったような心持ちがした。
ゾンビ達が騒ぐ声はさらに他のゾンビを呼び、現在進行形でその数は雪だるま式に増えていた。
ガラスの強度も考えるともって一時間程度といったところだろうか....
俺はゾンビ達によって日光を遮られた店内で呑気に座りながらそう推察した。
立ち上がり、他ののぼりからポールを抜き取り手にする。ステンレス製のポールは軽くて鈍器にはならない。
俺はリュックサックを降ろして、刃渡り6cm程度のバタフライナイフとビニールテープを出し、ナイフをビニールテープでがっちりとポールの先に括りつけた。
以前と比べると刃渡りに不安が残る薙刀だが、無いよりはましだ。何より杖代わりとしても使えそうだ。
「早く済まさないとな」
俺は治療のために救急セットを取り出し、感染のリスクを減らすためにまず外気に触れた上着や手袋、リュックサック、靴等を離れたところへ放り投げた。
感染経路は粘膜接触と聞いているが、実際のところは医者や研究者どころか理系ですらない俺にはわからない。だから、傷の手当をする際には感染者と同じ空気に直接触れたものは遠ざけておくに越したことはない。
問題はズボンだ。
右足のズボンの裾は敏也に掴まれた血の手形が薄っすらと刻印され、左足は彼を蹴った時の返り血がポツポツと点のように飛び散っている。
ズボンの生地が厚手で付着した血液も少量だったということから、血は内側まで染み込んできてはいないが、脱ぐ際に患部と接触しては大ごとだ。
俺は救急キットから裁ちバサミを取り出して丈が5分くらいになるまで、力任せに生地を切り取った。
切り取った生地を除け恐る恐る患部を露にすると右膝は真っ赤に腫れあがっている。
ズボンの繊維が厚かったこともあり、幸い切り傷もなく出血はしていないが、度重なる衝撃で患部に相当の負荷をかけたので骨折はしているかもしれない。というのも俺は今までの人生で一度も骨折したことがないのでその痛みの加減を知らないのだ。
試しに触ってみる。
「いたっ」
俺が悲鳴を上げるに続いてガラスの外のゾンビ達も歓喜の声を上げる。一部のゾンビはしきりに鼻をヒクヒクさせ、俺という餌の匂いをテイスティングし始めた。
奴らの野生の感は俺が弱っていることを察知しているのだろう。サバンナでは走れない草食動物は死を待つだけだ。走ることの出来なくなった草食動物は群れからも見放され、やがてハゲタカやハイエナ、ライオンの餌食になる。
だがここはサバンナでは無い。俺も草食動物のつもりはない。今まで一人で捕食者を狩りながら、この狩場を生き延びてきた自負がある。
そんな俺だ。こういう時のための知恵も当然用意してある。
俺は"ゾンビ日記"を取り出すと、赤色の付箋のページを開いた。
赤色の付箋のページは医術に関する知識を記録してある。その中に確か骨折した時の対処法があった筈だ。
パラパラとページを捲っていくと、汚い文字と手製のイラストで記録されたそれを見つけた。
"骨折応急処置。まず、骨折した時は出血の有無、怪我の状態を確認し、患部を特定する。次に患部を心臓の位置よりも高くする。そして患部を固定する。腕の場合は上腕から指先までを当て木と布で固定する。足の場合は患部の両端の関節を同じく固定する。この場合、当て木は足の両側から行う"
俺は念のため消毒にオキシド―ルを右膝にかけ、処置を行った。当て木には店内に張ってあるカレンダーを足に巻き付けその代用とした。右膝に起きた激痛はフロントガラスに打ちつけた尻や腰の痛みを忘れさせるに十分だった。
処置自体は10分ほどで終わり、俺は新しい薙刀を杖にしながら店内を隈なく歩いて、次の手を探ることにした。
店内を事務所まで見て回った結果、武器に関してはスパナにレンチにドライバーくらいしか発見できなかったが、他の物資についてはかなり充実していた。特に新品の作業着の上下とラバー手袋という収穫は大きかった。
「こうなりゃヤケか」
さっそく作業着に袖を通した俺は、手のひらに乗せた車のキーを見ながら大きくため息をついた。




