桐山のゾンビサバイバルガイド -4-
デパートから脱出して民家に侵入し5日目。外は中よりもずっとひどい有様だった。
鳴り続けるサイレンに避難指示。その合間に漏れ聞こえるうめき声と悲鳴。耳栓なしではとてもじゃないが平気では居られなかった。
俺は溢れ出す苦悩から逃れようと、2階の通りから一番遠い部屋で耳栓を付けたまま放心していた。
コンコン。
ふとドアが叩かれた振動が身体に伝わる。見ると、敏也が親指を立てて「こっちへ来い」と合図していた。
俺は耳栓を外して立ち上がると、「何の用ですか?」と彼に尋ねた。
「ほらあれ。見てください」
敏也は窓際に立つと閉じ切ったカーテンを少しだけ開けて、外を見るように促した。ここで無為に彼の機嫌を損ねても仕方ないので俺は指示に従った。
窓からは通りを挟んだ向かいの家の敷地を見下ろすことができた。その敷地内に姿勢を低くしながら通りを伺う3人の人影がある。一見してわかる。ゾンビではない。
「あっ、あの人たち何をしてるんですか!?」
俺は驚いて声を出した。
「ね。笑えるっすよね。今この状況なら建物の中にいる方がずっと安全なのにわざわざ外に出るなんて」
敏也は笑いをこらえながら言った。
3人は推察すると家族のようだった。母親に父親そして小学生くらいの男児。
「桐山さん知ってますか?人間って極限の緊張状態に置かれると理解不能の行動をするらしいっすよ」
通りにはここから確認できるだけでもゾンビが5体いる。
この5日間で日に日に外で聞こえる人間の悲鳴は減り、4日目にもなると外を出歩くのはゾンビだけになっていた。それは生き残った多くの人間が籠城戦へと移行したことを物語っていた。
「お、行くみたいっすよ」
タイミングを見出したのか走り出す家族は3人手を繋いで通りに沿って走り始めた。だが、すぐに気付かれ、奴らが続々と集まってくる。俺は子供がこけるのが見えたところで、窓から顔を離した。
「結構速いんすねー」
敏也はというと独り言ちながらそのまま10分ほど外の様子を観察していた。
籠城生活、11日目。食料は底をつき始めていた。そこで俺達は食料調達に出掛けることにした。
デパートから持ってきた金属バットに民家にあったボストンバックをそれぞれ手に玄関へと向かった。一人が玄関の窓から外を伺い、もう一人が玄関から飛び出す手はずだ。
先陣を切るのは敏也。俺は外に誰もいないことを確認し、彼にGOサインを出した。サインに従って玄関を素早く飛び出した敏也は身をかがめて塀の影に隠れる。次に敏也のサインに従って外へと飛び出し俺は反対側の塀の影に隠れた。
お互いで通りの両方向をカバーしながら、機を待った。同時にOKサインを出すのを確認し、俺達は素早く通りを挟んだあの家への敷地へと侵入した。
取っ手に手をかけると玄関のドアは想像通り開いていた。
手分けして、家の中をクリアリングし、安全であることを確認すると、キッチンで食料を漁った。すると冷蔵庫の冷凍スペースには豊富に冷凍食品が詰め込まれていた。
ここ最近食事がカップ麺ばかりだった俺達は歓喜した。タコ焼きやピラフ、焼売をレンジで温めるとその場で食卓に並べて腹に詰め込んだ。そして残った食料を元の家に持って帰るのも面倒なので俺達はすぐにそのまま引っ越す決断をした。
環境が変わっても俺の心が休まることはなかった。
不安と苦悩は日に日に大きくなり、俺の心を押しつぶそうとしていた。何度、自宅や家族に電話を掛けたかわからない。しかし一度も繋がることはなく単調な不通音だけを俺の鼓膜に響かせた。パソコンからメールも送った。しかし待てど暮らせど一向に誰からも返信は来ない。
一方の敏也はというと、誰に連絡を取るでもなく、パソコンを見たり、雑誌を読んだり、外を観察したりして時間を潰しているようだった。テレビのチャンネルが全てが放送中止になっていることに激怒したこと以外、彼の精神が不安定になった様子はなかった。
俺達はお互いの時間を過ごし、気が付けば食事以外で交流をとっている時間はほとんどなかった。
「そろそろ移動しますか」
敏也が食事中、何の脈絡もなくそう提案してきたのは21日目。食料もそろそろ尽きようかとした時だ。
俺は無言で首肯し、食事が終わると各々が準備を始めた。ボストンバックに残った食料と懐中電灯やライター、思いつく限りの物資を詰めて次の日の明朝、俺達は家を出発した。
どちらかが言い出すでもなく、通りのクリアリングを完了し、どちらかが言い出すでもなく、同じ方角を進んだ。
ゾンビに気付かれる前に建物の影に隠れ、声をあげる前に殴り倒す。無言ながらも俺達は精鋭部隊だった。お互いがお互いの性格の根底的な不一致を感じていること以外は。
いつまでも一緒に入れないと理解すると同時に、お互いが生きるために最善の策が共にいることだとも理解していた。
その日は何の前触れもなく突然訪れた。
最初の籠城戦から何日経過したかも忘れたある日、俺達はゾンビの集団に不意を突かれて分断された。そこで俺達はそこが別れのタイミングだと悟った。そして互いに別れの挨拶もなしに各々ゾンビに追われながら反対方向に駆け出した。




