桐山のゾンビサバイバルガイド -3-
新しい拠点の住み心地はまずまずだ。
裕福な家だったのか広さも装飾品も俺の自宅よりは豪華で、一人で住むには少し寂しさを感じる。
「さてと」
俺は朝の身支度を済ませた後、朝飯に菓子を頬張りながら今日の予定を再確認した。
ゾンビ日記に殴り書きされた予定には"セーフゾーンの確保"とある。これは具体的には周辺の家のクリアリングとトラップの設置だ。
とりあえず必要な道具は車、爆竹、ワイヤー。車はこの辺にたくさんあるが、爆竹とワイヤーはホームセンターに行かなければ同時に手に入らなさそうだ。
地図を確認すると、都合よくホームセンターがここから500m北東にあった。
地図によるとホームセンターまでの道に使える私道はさして無いので、国道か県道の大通りに身を晒すしかない。
俺にとって籠城生活前期ぶりの緊張感だ。
荒くなる息遣いが白い煙となって口から洩れていく。鉄パイプと包丁で作った薙刀を握る手に自然と力が入る。朝日があちこちに作り出す凹凸の影の1つ1つに注意を配りながら、一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
そして国道に出ると、やはりその雰囲気は違った。
乗り捨てられたバスや一般車両が車道に限らず、歩道にまではみ出して列をなし、あちこちに死角をつくっている。そのうえ立ち込める霧がその隙間を埋めて先がほとんど見えない。
「まるで迷路だな」
俺は勇気を出してその道に挑戦することにした。どうせここを避けてもどの道も大体こんな感じの筈だ。ならここを進むとしよう。
車両の割れた窓、開いたドア、ボディ下から延びる手に警戒しながら俺は車列の隙間を縫っていく。異臭がひどい。
足場も決して良くはない。何かの肉片やオイル、金属の部品があちこちに散乱し、俺の足を取ろうとする。それらを踏んでしまって稀に足元から発せられる不快音は何かの気を引いてしまうのではないかと俺の肝を冷やした。
一台。また一台と過ぎていき、次第に心に余裕が生まれ始める。
バン。
黒い軽自動車の横を通り過ぎようとした瞬間、何かが音とともに視界の端に現れた。
それは20代くらいの若い男性のゾンビだった。
窓ガラスに両手を張り付けたそいつは鼻をひくひくさせながら俺をガラス越しに品定めすると、眉間に皺を寄せて小さく唸り声をあげた。
見るとそいつはシートベルトに繋がれていた。その唸り声は自分の境遇を嘆いているのか、はたまた助けを求めているのか知らないが、俺の同情を引くことはない。
俺はそいつを無視し先を急いだ。一瞬本気で驚いたが、気付けにはちょうど良い刺激だった。
しばらく進むと行く手を阻んでいた車列は突然その数を減らした。気になって近くを探索してみると車列は車線を変え、バイパスの入り口へと延びていた。
「ん?」
今、50m程先に動く影が見えた。霧が立ち込めていて正体は確認できないが、動くもので期待できるものは何一つない。
俺はもと来た車列に隠れようと踵を返したが、その判断が間違いだった。
「がぁぁあああああおおおおおおおおおおうあああああああ」
俺の動きに感づいたそれが突然大声をあげる。
「しまった!ラウダ―ゾンビだ!」
俺は全速力でもと来た道を引き返した。今まで通ってきた道なら知らない道を進むより安心できるからだ。
少しでも動きを早くするために即断即決で薙刀を捨てる。リュックの荷物も降ろした方が身軽になるが今はその時間すら惜しい。後ろの勢力が拡大していることは気配でわかった。
「とにかくどこかに隠れないと!どこか、どこかに」
俺は車列を縫いながら必死に身を隠せる場所を探した。ラウダ―ゾンビの咆哮は俺が聞こえているより遥かに広い範囲のゾンビに届く。このまま外に身を晒していれば、さらに多くのゾンビに発見され半時間と経たずに囲まれてしまうだろう。
近くまで迫る死に焦りを募らせていると、足元の何かにつまずき、俺は前のめりにこけてしまった。膝に伝わる鈍痛が無傷では済まなかったことを伝える。
立ち上がる前に後ろを振り向くと、縫うようにして静止する車列の隙間にボロボロの服の集団がチラチラと映る。その距離、60m。
俺は噴き出すアドレナリンに沈痛の役を任せ、足を引き吊りながら走った。
やっとのことで車列を抜けると、目の前に見覚えのある金髪のヤンキーが立ち塞がった。




