パニック・イン・ザ・ストア -15-
身体障害者用のトイレのカギをおろし、ドアを数センチ開けると外の様子を伺った。
まず目に飛び込んできたのは血痕だった。その血痕は引きずるような跡をつけながら売り場の方へと続いている。
耳を澄ます。何も聞こえてこない。
大丈夫そうだ。
頭ひとつ分扉を開けると今度は頭を出して左右を確認する。
動くものはない。
「大丈夫です」
俺は頭を引っ込めると敏也に現状を報告した。
「じゃ、行きますか」
俺達はなるべく姿勢を低くして奴らに見つからないように売り場へと出て行った。
営業時と変わらず、電灯が点いているのだが買い物を楽しみながら語らう家族の声も店員の姿もなく、静寂が不気味さを醸し出している。
「で、どこを目指しますか?」
俺はたまらず敏也に聞いた。
「とりあえず、武器になるものを探しましょう。そこスポーツショップすよね。バットとかありませんか?」
俺達は売り場に出てすぐのスポーツ用品店に入った。
店とは言ってもショーウィンドウもドアもないので半ばスポーツ用品コーナーだが、サッカー、野球、テニス、バスケと様々なスポーツの道具がそろっている。
田舎のデパートだけあって品ぞろいのマニアック度は高くないが、俺たちは無事にバットを発見することができた。
「金属バットがあってよかったす。木製だと攻撃力足りないと思ってたんで」
敏也は手に入れた金属バットを手の上で跳ねさせながら満足そうに言った。
「も、もしかしてそれで人を殴らないですよね」
敏也の発言に榎本は心配そうに彼を見つめた。
「護身用すよ。護身用。殺されそうにならない限り使いませんって」
俺は二人の会話が終わるのを見計らってから次の行動を相談した。
「確か食料品はほとんど1階です。2階で食べ物を探すなら100円ショップにもお菓子とかジュースあると思うんですけど。それとも逃走ルートを探しますか?」
「食い物探しながら、逃げれそうなところがあったら、見てみましょう」
敏也のあまりにも漠然とした返答に俺は若干のいらだちを覚えながら、彼の隣を歩く。
おそらく彼はどこに向かうか決めていないのだろう。その証拠に俺達の向かう方角は自然と俺の主導になっていた。
俺達は初め売り場の中を掻きわけながら進んでいた。
しかし、しばらく進むうちにずっとゾンビの姿どころか一声もその声を聞かないことに気付き、恐る恐る通りに出てみた。
真っ白な人工大理石で売り場と仕分けられたエスコートロードには血痕はくっきりと残されているが、ずっと先まで動く死体の姿はなかった。
拍子抜けとは少し違うが、俺はそれと似たような安堵感に包まれた。
そこから100円ショップまではすぐだった。
100円ショップには、予想通り多くの飲み物と食べ物が置いてあり、俺達は手分けして売り場にあった大きめのバッグにそれらを詰めていった。
食べ物の大半は菓子類だったが、それでも今の俺には何よりのご馳走に見えた。
俺は食べ物を探しながら、軍手やライターオイルなど武具や武器になりそうなものをこっそり100均の小型バッグに忍ばせた。
懐中電灯を物色していると、敏也がズボンで手を拭きながらこちらにやってきた。
「ふー。すっきりした。店の中で立ちションするなんてはじめてすよ。桐山さんもどうすか?」
「いいですね。僕もやっておこうかな」
俺は敏也に調子を合わせた。どうもずっとこの男に試されているような気がしてならない。特にこんなアウェイな空間に置かれては、この男に逆らってはいけない気がした。
「そろそろ戻りましょう」
俺の号令を機に全員が来た道を引き返すこととなった。何の気になしに榎本が収集した物資に目をやると、ビニール袋いっぱいに文房具や靴下など全く必要のないものが詰め込まれている。
どうやら、感染はかなり進んでいるようだ。俺は見なかったことにして、彼から距離をとるようにして前へでた。このまま彼を引き連れて戻って良いものだろうか。
ガンッ。
突如くぐもった鈍い音がすぐ後ろで聞こえた。
振り返ると、血まみれのバットを手にした敏也が立っていた。
足元には榎本。
頭から血を流しながら昏倒している。
「な、なにをやってるんですか!?」
俺が声を荒げると彼はきょとんとした顔で答えた。
「え?ゾンビ退治すけど」
「榎本さんはまだ感染しきってなかったじゃ...」
「感染に気付いて連れ出してきた時点で、桐山さんもこういうつもりだって気付いてたでしょ?俺は桐山さんがやってくれるか期待してたんすけど...」
彼はあっさりとした口調で答え、さらに続けた。
「大体感染したら人間じゃないっすよ。あれが生きているように見えましたか?それとも殺人とか言っちゃうクチですか?なら桐山さんは殺人幇助っすね」
敏也は馬鹿にするようにそう言うと、微かに指先を動かした榎本の後頭部に無言でバットを幾度も振り下ろし、彼の頭をグシャグシャにした。
「とりあえず、彼はゾンビに襲われて死んだってことでいいっすよね」
すっきりした顔の敏也は榎本のビニール袋を掴むと、立ちすくむ俺を置いて先を行った。




