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絶滅世界 (ZOMBIE LIFE)  作者: バネうさぎ
第三章 パニック・イン・ザ・ストア
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パニック・イン・ザ・ストア -14-

 俺たちは言葉数も少なく、いつのまにかスリープモードになっていた中山のスマホを開き、再び情報を得ることにした。

 スマホを開くと、昨日の大仰な演台のある場所でなく、顔のなじんだ年配の女性ニュースキャスターがいつもの報道席に座している様子が映し出された。


 『...と判明し、現在各地方公共団体の保健センターに問い合わせ、ワクチン接種実施者の特定に努めております。これまでのワクチン接種の対象者は乳幼児及び65歳以上の高齢者、または一般での接種希望者です。

 対象者は全国で5000万人にものぼるとされており、交信の途絶えた保健センターも多数確認されていることから、全名の特定は困難を極めます。現段階でワクチン接種者の発症率は明確にされておりませんが、今後も増加していくと考えられます。

 そのため、ワクチン接種者は体調に異変を感じた場合は他者との接触を避け、絶対に人混みなどには立ち寄らないでください。繰り返します...』


 「え?これどういうこと?」

 順子が問う。途中からだったせいもあってか、正直俺もキャスターの言っていることが理解できなかったが、繰り返されるその内容にやがて事実を認識した。


 報道の内容はこうだ。現在日本で寄生性変形菌症に有効だと思われていたワクチンが翻って、感染源となり現在患者を急速に増やしている。

 一般にワクチンとは、病原体を弱めたものを人体に接種させることで、人体の自己免疫機能を高めるものである。ワクチンの種類によっては副作用が出ることはあるが、ワクチンが元となってこれだけの規模で病気に感染した例など聞いたこともない。

 


 俺は心の底で抱えていた疑問に解を見出した。

 そもそもこの短期間に感染域を急速に拡大したことに俺は疑問を持っていた。通常の感染症ならば、感染爆発域を中心に人や昆虫等の宿主を経て徐々に感染域を拡げていくはずだ。

 今回の感染症は、一瞬にして広範囲に感染を拡げた。ワールド・ウォーZのように不死者の移動速度が早い訳でもなければ、怪しい傘の製薬会社の陰謀もありえないだろう。

 だが、感染者予備軍が世界中に散らばっているのであれば、話は別だ。

 

 とはいっても、今重要なのは拡大の理由ではない。

 この中にワクチン接種者がいるかどうかだ。


 「この中でワクチンを接種された方はおられますか?」

 俺は単刀直入に聞いた。しかしその声色には、できるだけ優しさを含ませる。


 「いえ。受けてないです」

 

 全員が接種を否定した。年齢的には自主的に接種していない限り、全員が国の定めた無償接種の対象外であるため、容疑者足りえない。

 無駄な混乱を回避するためにも俺もこれ以上は何も追及できなかった。

 俺は榎本の方を一瞥すると、彼の顔色が初めて会った頃より目に見えて悪くなっていることに焦りを感じた。


 

 はじめその疑念は小さなものだった。

 だが彼の顔色がみるみるうちに悪くなり、さらには話す言葉もだんだんとろれつが回らなくなっていく様を見て、疑念はほぼ確信へと変わった。榎本亮は感染している。

 出会った当初は凛々しい好青年だった彼は今は禁断症状を抑え込む薬物中毒者のように自らの指の爪を噛んでいる。

 しかし、誰も彼の挙動の変化に疑問を持つどころか、談笑まで始める始末だ。

 

 「すいませーん。いいっすか。」

 唐突に敏也が手を挙げた。その声量に全員が彼を注目する。


 「このままここにいても誰も助けに来ないと思うんで、助け呼びに行きません?」

 軽いテンションに反したその重い内容に間が空いた後、敏也は続けた。

 「俺たち昨日から何も食べてないじゃないっすか。このままだと体力も続かないんで、この辺で動いたほうがいいと思うんすよねぇ」


 「た、確かにこのままだとね...」

 「でもそうなると誰が行くかが問題よね」

 敏也の提案に皆賛成こそするが自分が行こうとは言い出さない。


 「いいっすよ。俺行くんで」

 俺は自ら志願した敏也の目に確かに侮蔑の色が浮かぶのを見ると同時に彼の横目と目が合ってしまった。


 「お、俺もいきます...」

 俺はその一瞬の無言の恫喝に気圧され、半ば反射的に志願した。もとよりそろそろ外へ出るべきだと考えていた。


 「榎本さんも一緒に来てくれないすか?」

 敏也は榎本を誘った。


 「え?ぼくですか?」

 榎本は面食らったように充血した目をぱちくりさせた。

 二人のこれまでのやりとりからも敏也は榎本が嫌っていることは十分に感じられた。当然榎本もそれを感じていただろう。

 だというのに命がけの旅路に自分を指名するなんて何のきまぐれだろうか。


 「はい。桐山さんも榎本さんにも来てほしいすよね」

 そう言って俺の方を振り返った敏也の顔に表情は無かった。

 

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