パニック・イン・ザ・ストア -12-
およそ30分間の放送は横やりを入れる記者団もなければ、事務次官の壇上の原稿を差し替える新情報もなく、淡々と進行された。
そして事務次官は最後に再度、外出待機とテレビ、ラジオの電源を点けたままにしておくようにとの指示を繰り返した後、胸ポケットから取り出したハンカチで汗を拭いながら壇上から姿を消した。
カメラは誰もいない演壇をしばらく映すと、『-非常事態宣言発令中- そのままでお待ちください』と青地に白で印字された単調な画像にその役目を譲った。
「と、とりあえず、スマホはこのままにしておいたほうがいいですよね」
第一声を発した中山はスマホを出したエプロンとは別のポケットから、モバイル充電器を出して自分のスマホに繋いだ。
俺は電源の問題が当分解決したことに安堵感を覚え、緊張の糸が切れたのか同時に眠気に襲われた。
眠気の原因を求め、スマホの上部に目を向けると、午後7時18分と表示されている。
その後、節電のためにスマホの画面の明るさを最小限に抑えた状態で次の報道を待ったが、そこから1時間は画面どころか音すら聞こえて来ることはなかった。
はじめこそスマホに神経を集中していた俺達であったが、一人また一人と疲れと眠気に負け、落ちていった。俺にしても、眠気に勝てる見込みもなく、自然と眠りに落ちることとなった。
-物音に気付き、目が覚めたのは俺一人ではなかった。
いつの間にか館内は消灯したようで、トイレ内に設置された赤色の非常灯だけが鈍く光っている。
気配を感じて、隣を見ると身体を丸めて寝息をたてる中山の向こうで三角座りをしている敏也が鋭い目をドアの方に向けていた。
赤色の光に照らされ、ただでさえ怖い目つきが、なおいっそう狂気を含んだものに変わっている。
今の敏也と目が合っては、不都合な気がして俺は彼の目線の先に目を向けた。
ドアの向こうは一層の闇だが、目が慣れてくるとドアの向こうで微かに何かが動いているのが見えてくる。
スライド式のドアに設けられた縦1m20cm、横30cmほどの長方形の窓はすりガラスとなっているため向こうの景色ははっきりと見えてないが、ドアの少し先に動く影が確認できる。
それはペタペタとフロアを這いずるような音とともにドアに近づき、すりガラスにべったりと血の手形を張り付けた。
手形から流れた新鮮な血はタラーっとすりガラスを垂れていき、俺の心を震え上がらせる。同じ描写を幾度もホラー映画で見たことはあったが、自分が当事者である分、その迫力は段違いだ。
「そうか...。こいつら、光がわかるのか...」
敏也は独り言のように小さく呟くと、今度は俺に話しかけてきた。
「桐山さん。起きてるっすよね」
「ええ。まあ」
俺は起きていることを知られていたことに驚きながら返事をした。
「こいつらどう思います?」
「こいつらって?」
「ゾンビっすよ。こいつら生きてるんですかね」
「死んでると思いますね。僕は」
俺は本心を打ち明けた。目の前の惨状を見て、感染者保護を訴えるような偽善者になるような気は微塵もなかった。そして彼もそんな返答を期待していないのがわかった。
「やっぱりそう思うっすか。でも仮にゾンビだとしてこいつらはどこまでゾンビなんでしょうね?記憶とか知恵とかどこまで残ってるんですかね。ていうか痛みは感じるんですか?」
「さ、さあ?それはこれから確かめていけばいいんじゃないですか?」
矢継ぎ早の質問に俺は適当な返答しか出来なかった。
「そうっすね...」
俺の返答に意外にも満足げな口調でそれだけ言うと敏也はそのまま喋らなくなった。




