パニック・イン・ザ・ストア -9-
精神的な問題とは別に、肉体的な問題として「食事」がある。人間は水だけで1か月は生きることがことができるらしいが、それは単純に生存期間のみに重点を置いた場合の考え方だ。
俺達にとってこの場所で籠城し生存期間を稼ぐことは、意味をなさない。なぜなら、ここに居ても誰も助けにも来ない可能性が高いからである。
俺達が目指すべき最重要目標は、生きてこのデパートを脱出することであるべきだ。
よって俺達が食料なしでここに留まっていられるのはせいぜいが3日間である。それ以上の滞在は体力の急激な低下を招き、ここから出たとしても長くは逃げられないだろう。
そしてその危機的状況に、気づいている人間はここに一体何人いるのだろうか。
俺は記憶にある情報を引き出して、一旦状況を整理することにした。思考が働くうちに行動計画を練ることでミスを軽減するためだ。
まずはここに居る人間の関係性だ。
この空間、最も信頼が厚いのは残念ながら榎本である。その榎本にはさらにパニック前からの後輩がおり、事実上の最大勢力と言える。
だが、榎本にも苦手とする相手がいるのも事実である。それは金髪の大学生、敏也である。敏也は、他のメンバーからも多少の畏怖を受けており発言力も高い。
晃と加藤は現在は榎本側に見えるが、この2人はどっちつかずで都合のいい方に逃げる質であることがわかっている。
敏也と手を組み、ここでの発言力を高めてこの2人をうまく取り込むことが今後の生存のカギになりそうだ。
だが、敏也と手を組むということは、一筋縄ではない。彼は頭が切れる。粗末な嘘では彼を出し抜くことはできないだろう。ということは俺の手の内も明かさなければならない。
次に今いる場所の位置関係だ。
今、いる場所は2階だ。外に出るためには、階段かエスカレーターを降りることが必須である。
そして、それらは俺が逃げてきた方向の売り場か従業員通用口の先の非常階段しかない。その両方に大きなリスクがある。売り場、従業員通用口の先共にゾンビはいる。
他にはエレベーターを使って3階まで一度上り、立体駐車場の車用スロープを歩いて降りるという逃走ルートがある。運よくエレベーターはここから近い。
もっとも3階の立体駐車場には売り場にある2か所のエスカレーターからも上がることができるので、やつらが流れ込んでいないという保証はない。
次々と考えを巡らせる俺は焦っていた。
それはこのギリギリの生存攻防のためではない。ひとえに家族の安否が心配だからだ。
俺は自分が生きるためにはこの先、他人を幾らでも利用しようと考えている。しかし、その例外もある。
例外というのは、家族と懇意にしている友人達である。家族仲はとても良いとは言えない俺の家族だが、やはり血の縁と思い出は冷徹に切り捨てることはできない。危機的状況を一時的に脱して、冷静な頭になって考えるのは家族の安否であった。
それは友人達に対しても同様である。友人は一生の宝でありお金には変えられないものだと考えている俺にとっては、やはり友人達を出し抜くことはできない。友人達には変わり者の俺と仲良くしてくれたことに対する恩も感じている。
家族と友人達、この両方の安否を確かめ、連絡を取り合うためには、失くしたスマホがどうしても必要である。
逃走ルートを確保したとしてもこの失くしものを見つけない限りは俺はこのデパートを離れられない。
売り場を逃げながらスマホを探すのであれば、体力のある今が最も条件的に良い。しかし、それは一人では到底達成できない。頼りになる協力者が必要である。
状況と課題を整理したは良いものの、俺は打開策を見つけ出せずにずっと青のタイルのひび割れを見つめながら、周りの声に耳を傾けていた。
「ちょっと、狭いじゃないの。もうちょっとそっちに行って」
「こ、これ以上詰められませんよ」
「あなた、だいたい太りすぎなのよ」
「先輩、あんまり傷口掻かない方がいいですよ。真っ赤になってるじゃないですか。」
「わかってるんだけど、かゆくて。」
「血が出てますよ。痛くないんですか」
「不思議と痛くないな」
「これだけの大惨事だ。大丈夫。すぐに助けが来るはずだよ...」
「ほんと?」
「ああ、本当だよ。これだけの事件なら自衛隊かSWATが来てくれるよ」
晃は妻の手を握りながら、語りかける。その挙動には外にいた頃の焦りはない。
「自衛隊はないと思いますね。この時期の自衛隊に国は実力行使なんてさせないっすよ。」
「じゃあ、SWATですかね。」
「どうっすかね。武力で制圧するなら、少数精鋭のSWATとかでしょうけど、デモ隊とかそういう集団を相手にするなら機動隊とかじゃないっすか」
「えっと桐山さんはどう思います?」
「助けは来ないと思いますよ」
くだらない質問を唐突に振られた苛立ちで、俺はつい本心を口にしてしまった。




