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絶滅世界 (ZOMBIE LIFE)  作者: バネうさぎ
第三章 パニック・イン・ザ・ストア
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パニック・イン・ザ・ストア -8-

 「中山、お前今までどうしてたんだ?」

 俺の提案にも関わらず、リーダーは新顔の男に声をかけた。

 「すいません。1階でレジを打ってたら、緊急用の館内放送が流れてきて、僕指名だったんですぐに向かって、そしたら客の爺さんが暴れてて、俺とマネージャーと美咲ちゃんで止めてたら...マネージャーが爺さんに思いっきり噛まれてて、骨が見えてて...。で、救急車呼ぶからって、美咲ちゃんに爺さん任せて少し離れて...戻ってきたら...。」

 

 「お、落ち着いて話してくれ。それで、マネージャーはどうなったんだ?」

 中山を落ち着かせようリーダーは彼をなだめる。どうやら、この新顔の中山という男とリーダーはこのデパートで働く従業員のようだ。


 「す、すいません...。も、戻ったら、マネージャーは爺さんに喰われてて、でもマネージャー、頭が割れてるのに動いてて...。美咲ちゃんも血まみれで...手を抑えてて...指が失くなってて...。」

 中山はそれだけ言うと吐き気を催し、便器に顔を埋めて嘔吐し始めた。この空間が入った時からすえた臭いがしていたのは彼が何度も嘔吐していたからなのだろう。


 「で、お前はそれを見てここに逃げてきたのか?」

 リーダーが間をおいて質問を再開した。

 「はい。俺、怖くなって、皆を置いたままずっとここに隠れてました。隠れてたら、先輩の声がしたんで開けてみたら、皆さんがいたんです。」

 中山は涙目になりながら、リーダーに状況を報告する。どうやらこいつは、俺が始めにドアを叩いた時もずっと中にいたらしい。

 俺はこみあげてくる怒りをこらえながら、努めて愛想よく再び話に割り込んでいった。

 「お話し中すみませんが、皆さんの名前を知らないので自己紹介をしませんか?」

 

 「すいません。そっ、そうでしたね」

 一応、俺の提案をぶった切ったことに罪悪感はあるのかリーダーが謝る。


 「じゃ、じゃあ僕から、僕の名前は桐山雄太です。この街の生まれで育ちもずっとここです。こないだまで大学生をやってました。」

 俺がここまで自己紹介にこだわるのは、この空間の主導権を握るためだ。

 この狭い空間だ。誰か良識と知識のある者が場を取り仕切らないと、いずれは集団心理でパニックが起き、異常な行動や決定が下されることが起こることもありうる。

 そしてその任に適任なのはこの中では俺しかいない。同時に主導権を握る者は空間を支配して集団を先導し、自分に有利な状況を作り出すことが可能だ。俺は主導権を握るための練習をついこの間まで、就職試験のグループディスカッションという形で嫌というほど体験してきた。司会は就職試験において、合格可能性の高いポジションである。グループの中で司会は自然に形づくられる。ディスカッションの中で、いかに自分の考えに他人を巻き込むことができるかが、司会としての資質に関わってくる。そのための方策として、俺が学んだことが、まず全員を巻き込む合理性のある提案をすることだ。今回の場合、この状況で自己紹介をするのは自然の流れだ。提案した者は、自然と注目を集める。そういう提案を小さなことでも何度でも繰り返すことによって、周囲からの信頼や注目を得ることができるのである。

 

 「次、どうぞ。」

 俺はここで流れを切られてしまわないように隣にいるリーダーに次の自己紹介を振った。現時点での司会であるこいつに振っておけば、ここで自己紹介が終わることもないだろう。

 「はい。榎本亮と言います。ここで働いています。シフトが終わって帰ろうとしたら、今回の事件に巻き込まれました。」

 リーダーこと榎本が紹介を終えると、俺はその隣にいる中山に視線を向けた。視線が合ったことで、中山は次は自分の番だと察して口を開いた。

 「中山陽人。大学生です。榎本先輩と同じくここでバイトしてます。」

 中山の発言から、榎本がバイトであることが分かったが、皆そんな些細なことには触れようとしない。それ以前に他人の自己紹介に熱心に耳を傾ける者がほとんどいない。

 

 「私ですね。森田信行と申します。この近くで建設業をやってます。」

 中山の隣のハンプティダンプティが空気を読み、自然と自己紹介を続ける。


 「辻晃と妻の詩織です。」

 旦那こと晃は、この状況下での自己紹介という行為に不満を持ったのか、面倒そうに名前だけ言うと壁にもたれて大きなため息をつく。一方の妻の詩織は、声は出さないが軽く会釈をした。


 「加藤順子よ。他のことはもういいでしょ...。」

 オバサンも名前だけを名乗ると、疲れたのか三角座りで膝に顔を突っ伏した。

 

 「敏也。大学生っす。」

 金髪ヤンキーが意外にも大学生だったという事実に内心驚きながらも、俺達はお互いの紹介を終えた。

 

 その後は会話もなく、しばらく無言の時間が続いた。

 俺は自分がいる空間を見渡した。トイレは全面タイル張りでその広さは6畳以上はあるが、人間が8人も入るとさすがに窮屈さを感じる。中には予想通り洗面所もあり、水には困ることがなさそうだ。

 これで俺一人ならば心おきなく、5日間は籠城することができただろうが、この閉塞感では2日間が限界だろう。俺は薄いピンクと青で装飾された落ち着いた空間の中で、静かに外の地獄に思いを馳せた。

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