パニック・イン・ザ・ストア -7-
「あちこちから来てるぞ!」
俺が胃の中のモノを吐き出している間、周りの誰かがずっと騒いでいた。ようやく胃の中をすっきりさせて周囲を見回すと、右の通路のゾンビは後10mのところまで迫ってきていた。
それだけでなく、左、正面の通路、さらには服やその他の商品が並べられた専門店の中からも数えきれない程のゾンビがすぐそこまで来ているようだ。
口周りを血で濡らし、欠損した部分を引きずりながら不恰好に歩くその姿は映画で見た光景そのままであったが、微塵の感動も起きない。
俺は逃げ場がないことを悟った。このまま行けば、ウォーキング・デッドよろしくゾンビの群れと一戦交えるしか選択肢がなくなってしまう。こういう時に腰にマチェットがないことが残念でならない。
俺達は立っている十字路からじりじりと後退しながら元居たエレベーターの方へと追い詰められていく。やつらが十字路まで来てしまえば、本格的に逃げ道は限られてくる。
つまり、エレベーターに乗って逃げるか、あの従業員用通用口に再度チャレンジするかである。
「こっちよ!」
なすすべもないまま十字路をやつらに占拠されると、オバサンが呼ぶ声がした。
「こっちよ!ここ!」
声が聞こえてくる従業員用通用口のある通路の方を振り返ると、オバサンが角からこちらに手を振っている。
すぐに他の4人もその声に気づき、その方向を見る。
「行きましょう。」
リーダーの発した声に反射的に反応し、俺達はあの場所へと走った。
角を曲がると俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。あの身体障害者用トイレのドアが開いているのである。
そしてその中からはこのデパートの店員のエプロンをした見知らぬ若い男が顔を出していた。
「先輩!早く!入ってください!」
若い男はリーダーに向かってそう言いながら、必死で手招きを繰り返している。
俺達はその若い男に導かれるまま、あの身体障害者用トイレへとなだれるように入り込む。
スライド式のドアを閉じ、フック式のカギを急いで掛けるとその5秒後にやつらの血に塗れた手が次々にすりガラスに張り付きドアを揺らす。
その光景を全員が息を呑んで見守った。そして、そのまま30分間、体感では3時間にも感じられた長い時間の後、やつらがドアから離れたことを確認した誰かが恐る恐る言葉を発した。
「あれは何...?」
それは全員の疑問だった。俺を除いては...。
「何って。ゾンビでしょ。」
そしてその答えは意外にも唐突に金髪ヤンキーから出された。
「え?」全員が驚愕の顔を向ける。
「いやいや。こっちは真剣に聞いてるんですよ。」
リーダーが茶化す。口角は冗談を笑い飛ばすために釣りあがっているが、目は笑っていない。
「少し前に上海病って名前の病気が流行ったの覚えてます?あの病気の名前。別名ゾンビ病。ネットじゃ一時期有名で、俺も信じてなかったんすけどあれを見てはっきりしました。あれはゾンビっすよ。」
その病気の名前に少しばかりは聞き覚えがあったのか、真っ向から否定することができない。あれをゾンビ以外の何と説明すれば良いのか考えあぐねているようだ。
間をおいて、誰かが次の質問をする。
「あの人たちは病気なんですか?生きてるんですか?」
「それは...。俺にも分かんないっすけど、あれを生きてるって言うことができるんですかね?」
その発言に各々が記憶からやつらの姿を辿ったのか、顔を曇らせる。
「ま、まあ皆さんとりあえずは助かったので落ち着いて、この辺で自己紹介でもしましょう。これから皆さんで助け合っていかなきゃだめでしょうし。」
俺は、陰鬱な空気を遮るように提案をした。
だが、決して彼らと仲良くしたいわけではなく、俺にしてはここからが本番なのだ。




