One day -2-
午前11時、寒気を感じて目を覚ますと、くるまっていた毛布がすっかり床に落ちてしまっていた。
寝覚めの悪さを感じたが、どうもこれ以上身体は眠りそうもない。
俺はソファーから立ち上がり、昼食と決めている12時まで頭を動かすことにした。
"ゾンビ日記"と書かれたA4サイズの大学ノートを自室からリビングに持ってくると、青色の付箋が貼ってあるページで開いた。
開いたページには、罫線を無視して散り散りに日本語が走り書きされている。
生活の中では意識して行わない限り、言語を使うことは皆無だ。
言語を使用する客体がいないから当然である。
しかし俺は言語こそがこの弱肉強食の無法状態の世界で、人間を人間たらしめるものだと思っている。
だから、できるだけ活字に触れるようにしている。
その一環として、俺は‘"ゾンビ日記"というものをつけている。
日々の生活で感じたことから、必要な物資のメモ、サバイバル術、果ては感染者の倒し方まで様々頭にある事柄の中で忘れたくないことを書き留めている。
今回開かれた青色の付箋のページには、これから必要になるであろう物資が書いてある。
俺はページを眺め、ミミズの走ったような文字で書かれた単語たちから、必要になるものを探していった。
選ぶ基準は、早急に必要になるか否かだ。娯楽感覚で欲しいものではなく、生きるために必要になるものが好ましい。
俺は、暗号のような文字を解読し、綴られている単語を露わにしながら、それが本当に今必要になるかを1つずつ頭の中で検証していく。
例えば「マッチ」、「ライター」は火をおこすために必要な道具だが、食材の調理のための継続的な火力の供給には適さない。
この場合は「カセットコンロ」が非常に有効である。
一定の火力を煙も上げずに提供してくれ、さらにガスを交換することで何度でも使用できる。
そして現在俺の家の備蓄としては、替えのコンロ3つとカセットコンロ用のガス缶が50本以上ある。
だから、今回はリストから外れる。
そうして40分間熟考して選んだ単語は、「単一電池」、「木炭」、「ガムテープ」だった。
俺は、この3つの単語を別のノートから破いてきたA4サイズの紙に大きめの字で書き留めた。
書き終わると妙な達成感とともに空腹感が増してきた。
昼食はいつも暖かいものを食べることにしている。
理由はたくさんあるが、主だったものを挙げれば、昼間であれば火の明かりは目立たないし、1日の中間地点に暖かい食事という最大の楽しみを持ってくることで1日に精神的な安定をもたらすことができるからだ。
俺がことさらに昼食を12時にこだわる理由は、1日の中間地点を12時と決めているからである。
2階に上がって、短い廊下の突き当りにある部屋はかつては弟の部屋だった場所だ。
広さは、6畳ほどで俺の部屋より2畳ほど広い。
その弟の部屋は、今は食糧貯蔵庫になっている。
直射日光が入らないように窓は全て段ボールで塞がれ、じめじめとしている。
ここにある食糧は常温保存のものがほとんどで、缶詰やレトルト食品のラインナップが豊富である。
俺はその中から、カレーのレトルトとインスタントご飯のパックとペットボトルの水を1本取り出した。
1階のキッチンに降りると、鍋に水をいれて、カセットコンロで湯を沸かし、沸騰してきた頃合いを見て、先ほどのカレーとご飯をパックのまま湯に放り込む。
十分温まったら、最初に皿にご飯を盛り付け、カレーを上からかける。
ご飯とカレーを分けて盛り付ける人もいるが、俺はできるだけご飯とカレーを一緒に味わいたいのでその方法はとらない。
唾液がとめどなく分泌されるのを感じながら、キッチンのカウンター越しにあるダイニングまで移動してから、食事にうつる。
レトルトカレーを確保することは比較的簡単だったが、インスタントのご飯を確保することは困難を極めた。
なにしろ置いてある店がかなり絞られているからだ。
自分の住んでいる場所が田舎なのかスーパーを探しても、個人商店を探しても見つからず、コンビニを5軒回ってやっと見つけることができた。
置いてあったコンビニは大手のチェーンで、大通りに面していることから、サラリーマン向けにあるかもしれないと思い、探した結果であった。
そんな苦労を重ねて手に入れた米を俺は、カレーとともに液状になるまでしつこく咀嚼してから、飲み込んでいった。