Past days -7-
それは、日曜日に起こった。
昼の11時半まで惰眠を貪り、治らない頭痛に頭を悩ませながら一階に下りると母親が真剣な表情でテレビに食らいついていた。
「何かあったん?」
切迫した声で語り続けるニュースキャスターに大事件の予感を感じ、俺はテレビを覗き込んだ。
『繰り返しお伝えします。先ほど大阪府の梅田駅前の交差点にて集団通り魔事件が発生しました!
現場では、現在付近の警察署から出動した警官隊が犯人を取り押さえています!
事件が起こったのは、10分前の午前11時20分頃で周囲にいた人によると犯人は、突然周囲の人間に噛みついたということです!』
生放送だからか映し出される映像は手ブレがひどく、周囲には何のモザイクもなく大量の血が飛び散った跡がある。
『松田さん?被害者の方は、何名おられますか!?』
左上にワイプされていた局の女キャスターが、現場のキャスターに問いかける。
少しのタイムラグがあって興奮気味の現場のキャスターが口を開く。
『はい!現在確認されている被害者の方は、おおよそ6名です。うち、2名の方は意識不明の重体ですが、他にも軽傷を負った方がおられるようで救急隊が確認している状況です。』
『わかりました。ありがとうございます。また進展があれば報告をお願いします。』
その後画面は、局内の映像に差し戻され、女キャスターが事件の詳細を繰り返す。
「大阪も物騒だねー。」
母はそれだけ言うと、テレビの前に置いてある椅子から立ち上がり、いつも通りジムに行く準備を始める。
俺は確信にも似た危機感を感じ、しばらくその場に立ち尽くした。
この事件の原因が上海病であることはすぐに明らかとなった。
結果的に死傷者5名を出したこの事件は多くの国民の注目を浴び、中国批判からしばらく沈静化していたメディアは話題をシフトチェンジした。
『この病気の原因と考えられているものは、新種の菌です。この菌の詳細についてWHOは調査を続けています。』
『現在、中国では感染者の数は5万人を突破したと報じられており...』
『大阪梅田で多くの死傷者を出すことにつながった原因不明の感染症は新たにアメリカ西部にて感染者が報告されており...』
『感染したと思われる方には決して近づかないでください。感染者との接触により感染が起こります...』
各局民放が、思い思いの取材結果を報道する中、国営放送では首相の会見が放送された。
『現在、世界的に問題となっている感染症についてですが、我が国は国連と周辺国一丸となって原因究明と沈静化に努めております。
一部報道では感染された方々を差別的な表現で危険視しているようですが、政府としては今後そのようなことがないよう感染された方々の支援を行っていきたいと思います。』
首相の会見により、メディアは表現を緩和化するようになり、その影響はネットの中にも現れ始めた。
YouTubeでは、各国の投稿者により感染者の動画があげられていたが、日本での閲覧が不可能になった。
それだけでなく日本であげられた上海病関連の動画に一斉に規制がかかった。
検索エンジンについてもゾンビと検索するだけで、今までの3倍の検索候補が出てくるのだが、人気検索には表示されなくなった。
規制により‘‘ゾンビ‘‘ブームはアンダーグラウンドに落ちていくかに思われたが、この規制はネット民に反対の意思を起こすこととなった。
その場として利用されたのが、ネット生放送だった。
上海病を話題とした過激な発言をする配信者がネット生放送に多数現れ、多くの若者の視聴者を引き付けた。
その中でも最も勢いのある配信者が、‘‘テイジン‘‘というハンドルネームの配信者である。
『政府は大事なことを隠してるで。上海病なんて呼ぶな。俺はあの日あの場にいてわかった。噛まれてはらわたが出てるやつが動き出したんや。このままやと近いうちに絶対ゾンビだらけになる。だから俺はネット自警団を作ろうと思う。
参加してくれる奴はTwitterで俺をフォローしてくれ。みんなで戦って生き残ろうぜ。』
過激な言動と若者の不満を代弁をする配信スタイルは多くの若者の賛同を集め、あっという間に彼の配信は瞬間視聴者数が1万人を超えた。
俺は、本来ネット生放送に全く縁がなかったが、ゾンビというワードに関連づけられた配信を偶然目にして彼を知った。
ちなみにだが俺は否定派である。
まず彼のプロフィールだ。30歳無職で中卒、社会経験なし。
俺は、旧時代の堅い考えの持ち主ではないと自負しているので、経歴自体を批判するつもりはないが、賛同できないのは彼は何ら目的も目標もなくその経歴をただただ積み重ねてきたという点だ。
そして行動は、人の迷惑になるような過激なもの。最近では駅構内でゾンビ襲来を叫んでパニックを煽っているというものがある。
俺の思想とは逆にフォロワーはTwitterを通じ50万人に達し、彼の名前のない自警団はネット内では誰が名付けたのか‘‘グループ‘‘と呼称されるようになった。




