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絶滅世界 (ZOMBIE LIFE)  作者: バネうさぎ
第二章 Past days
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Past days -6-

 俺の大学は、2万人を超える学生を有する私立のいわゆるマンモス校である。キャンパスを2つ有しており、俺は8割を超える学生を保有する大きい方に通っている。このキャンパスはもともと山だった土地を切り開いて作られているため坂道が多く一時間目の授業前は眠気と戦いながら坂道を苦労して上る学生がたくさん見られる。

 俺は駅を降り、大学の正門までまっすぐ続く坂道を見据えた。

 現在、午前8時45分。授業は、9時に開始だ。

 道の距離自体は300m程しかないのだが、道に10度ほど角度がついているので正門までたどり着くのに少なく見積もっても5分はかかる。そこから、俺のゼミが執り行われる教室まで徒歩でさらに10分。無理だ。そんなペースでは俺は動けない。原因は電車での立ちっぱなしのこともあるが、何より睡眠不足で体が重い。俺は教授が遅刻してくることに賭けて、俺の限界である20分で教室へ向かった。

 「すいません! 遅くなりましたっ!」

 肩で息をしながら、教室のドアを勢いよく開ける。エレベーターがなかなか来なかったので4階まで階段で上がってきてかなり疲れていた。

 席を探して教室を見渡すとクスクスと笑い声が漏れてくる。

 どうやら教授が、配布したプリントを読み上げているところにいきなり大声をあげて入室してしまったようだ。教授の顔をチラッと窺うと読み上げをやめて怪訝な顔でこちらを見ている。

 

 「いいから席についてください。」

 

 俺は他のゼミ生にクスクスと笑われる中、「すいません。」と小さな声で謝罪しながら席に向かった。

 「えー。来週のゼミでは刑務所の見学に行きます。配布したプリントにもある通り、皆さんスーツで参加するように。」

 50分で授業が終わり教授が退室した後、教室内は就職活動の話一色となった。メガバンクに内定した男子生徒や上級公務員に内定した女生徒がごろごろいる空間での就活トークに俺は居心地の悪さを感じていた。

 「桐山くんってどこに就職先決まったの?」

 誰一人帰ろうとしないので、真っ先に帰りにくくなっていたところに女生徒の一人から声を掛けられた。俺は、この女生徒の名前を知らない。というよりもゼミ生20人のうち、知っているのは大人しめの男子学生の名前1つだけだ。2年間同じ教室にいるが、授業以外では接点を持たないので覚えることができないのだ。それとこのリア充なゼミの空気になじめていないことも理由の1つだ。

 俺は努めてフレンドリーな口調で自分の内定先を伝えた。自分の心の声をそのまま口に出しては、ここまで地道に築いてきた「なんでもないモブキャラ」としての地位が崩れてしまう。

 「へー。それって洋菓子作っているところでしょ?お菓子好きなの?」

 俺はそこはかとなくバカにされているような気がしたが、気持ちを悟られないように笑顔で答えた。

 「うん。好きなんだ。」


 長く辛いゼミから解放された後、俺はサークルの部室に向かっていた。部室は精蓮館という部室棟の2階にある俺の大学での唯一の憩いの場だ。階段を上がり、部室の方に目をやると、すりガラス越しに明かりがついている。

 「うーっす。」

 低い声で挨拶をしながらドアを開けると、後輩の男子2人が来ていた。

 「おっ。桐山さーん!久しぶりです!」

 後輩2人は、俺を見るなり嬉しそうな顔でこちらに挨拶をしてきてくれた。

 「桐山さん。今日は、どうしたんすか?」

 一人が問いかけてくる。

 「うん?ああ。ゼミのついでにかわいい後輩の顔を見にこようと思ってな。」

 俺は冗談ぽくハニカミながら答えた。先輩としての余裕を込めたハニカミ顔だ。

 「やめてくださいよー。おっさんにかわいいとか言われても嬉しくないです。」

 「いいじゃないか。どうせお前ら女の子に言われたことないんだろ?」

 「それはお互い様じゃないすか!?」

 俺の所属するこのサークルは旅行系サークルにも関わらず、不思議と女性部員が少ない。数少ない女性部員もほとんど部室には顔を出さず、いつも部室はむさ苦しい男性部員で賑わっている。恋愛がしたい大学生としては、この上なく不毛な空間ではあるが大学内での恋愛を諦めた男性部員たちには何にも代えがたい空間だ。俺は2時間ほど部室で後輩たちと談笑した後、大学前の通りで油そばを一人で食べて帰りの電車に乗車した。

 

 家に帰ると、弟の純がリビングのソファーでタブレット端末にくぎ付けになっていた。弟は、2つ下で俺と同じ大学生をしているが、見た目は大学生というよりヤンキーで髪は金髪、耳にはピアス、首にはネックレスで普段着は大概が上下黒である。俺とは正反対の充実した大学生ライフを送っているようだが、単位は常にギリギリで、その点だけで俺は兄としての威厳を発揮することができている。

 「いつ帰ってきたんだ?」

 俺が帰ってきたことに目もくれない弟に俺は質問する。

 「さっき。」

 弟は、12インチの端末から目線をそらすことなくぶっきらぼうに返した。本当にいつ帰ってきたのかを知りたい訳ではなかったので、返事が返ってきたことに満足した俺はキッチンへと向かう。キッチンでは、母親が夕飯の支度をしていた。

 「今日何か届かなかった?」

 「あんたの部屋に置いといたよ。」

俺は、届いた荷物を確認するために、二階へと続く階段を上った。

 一日の疲れを未だに引きずっているのか身体が重い気がする。


 自室のドアを開けると、足元に段ボールで包装された直径1m程の郵送物が落ちていた。俺は、郵送物を拾い上げその包装を開く。中からは郵送物の説明書の紙一枚とプチプチでさらに厳重に包装された中身が出てくる。プチプチを丁寧に開くと中から大型の刃物が顔を出した。

 この直径65cm、刃渡り40cmを超える刃物は、「マチェット」と呼ばれている代物だ。呼び方は他にも「マチェーテ」や「マシェット」等あり、主に山中を行軍する際に草や枝を薙ぎ払う用途で使用される。見た目は、凶悪な武器に見えるこの刃物だが、実は銃刀法による規制に引っかからない。銃刀法では、刃渡り15cm以上の刀剣類に銃砲刀剣類登録での登録が義務付けられている。そしてこの登録が認められるのは美術品や骨董品といった価値のあるものだけというのが現状である。しかし、マチェットは正当な理由での所持であれば、登録を要さず簡単にネット通販で買えてしまう。今回俺は、ガーバー社製の高炭素鋼マチェットを購入した。ガーバー社とは1939年創業のアメリカの大手ナイフメーカーで、社が作るナイフは各国の軍や警察で正式採用されている。

 そして、俺が何故この物騒な刃物を購入したかといえば、理由は二つある。1つ目は、男心もとい中二心をくすぐられたからだ。二つ目は、対ゾンビ用の護身用にである。先ほども言ったようにマチェットは本来の用途に使うのであれば銃刀法には引っかからない大型の刃物だが、アメリカの連続ドラマ「ウォーキング・デッド」では、ウォーカーというゾンビを殺す実践武器だ。ウォーキング・デッドは、俺が知る中でもかなりリアルに近いゾンビ作品であり、作中で近接用の実戦武器として多用されているこの武器は十分信用に足ると俺は感じた。

 包装から完全に取り出し、全体を眺める。刃は銀色の金属色をしているが、峰にあたる部分は黒色酸化処理がされてある。切れ味を確かめるために刃先をそっと人差し指でなでると、ザラザラとした感触とともに指先の薄皮が剥がれた。

 「これじゃあ異常者だな。」

 マチェットを付属のケースに仕舞いながら、現実でゾンビと戦うことなんてないと分かっているのにこんな買い物をしてしまった21歳がここにいることを恥ずかしく思った。


 俺が、最近ゾンビに魅かれ始めたのには理由がある。

 それは、ある団体の存在だ。その団体の名前は「ゾンビ調査研究会(Zombie Research Society)」。いつか本当にゾンビアポカリプスが来ることを信じて、終末世界でどのように生き残るかを真剣に考え、それを自身のウェブサイトに堂々と発表している。会員には、25ドルのオリジナルTシャツを購入するだけで誰でも簡単になることができるオープンな団体である。そういう訳で会員は全世界におり、中には有名な俳優や映画監督、さらには医師もいる。今、この団体の運営するサイトに世界中から注目が集まっている。なぜなら、ゾンビ研究のプロが数年以上も書き連ねたゾンビサバイバルのノウハウが凝縮されているからだ。今、アメリカやカナダではゾンビ発生の報道のパニックで生活必需品を買いあさる人がスーパーに殺到している。特にアメリカではシェルターとして輸送用コンテナがバカ売れしている。そして、ヨーロッパでは緊急脱出用のクルーズ船のチケット事業が過熱中だ。その元にあるのがこの団体の記事なのだ。サイトは、全て英文なので日本では話題にならないが、英語圏ではここがゾンビ情報の先端と言ってもよい。俺は拙い英語力ながらもこのサイトに触発され、趣味として軽く物資調達に凝り始めていた。

 

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